第104話 ゴシシズムとパロディ
マシュー・グレゴリー・ルイス 『勇者アロンゾーと麗(うるわ)しのイモジン』 (Matthew Gregory Lewis, “Alonzo the Brave and Fair Imogine”, 1796)
死者が生前のままの姿で現れて、生きている者と言葉を交わし、相手も恐怖感は微塵も持たずに会話し、死後二人は愛し合っている者として結ばれるという素朴なフォークロアの世界が変質して、死者はあくまでも死んだ者として運ばれ、死者と対面した時の心理状態を「困惑 恥辱(ちじょく)後悔 絶望」という抽象化された言葉で説明するという大きな変化を前回話題にした。語りの変質に輪をかけていったのが、エスカレートするゴシック的な恐怖の描写である。
今回取り上げる『勇者アロンゾーと麗(うるわ)しのイモジン』が物語のベースとしているのは伝承バラッド『魔性の恋人』("The Daemon Lover", Child 243; 第2話参照)である。愛を誓い合っていた恋人が7年ぶりに女の元に戻ってくると、女は別の男と結婚していて、子供もいる。戻って来た男は、例の肉体を持った亡霊であったが、女は夫と子供を捨てて、男について行く。女が受ける天罰は、「男はトッブマストを手でうちくだき/前のマストを膝でうち/豪華(ごうか)な船を真二つ/海の底へ沈めました」とあっさりうたわれるのみで、摸倣詩で展開するような恐怖心を煽る描写は存在しない。
他方でルイスにおいては、勇敢な騎士アロンゾーと美しい乙女イモジンは愛し合う恋人同士であったが、ある日若者は「「ああ 明日(あした)になれば/わたしは 遠い国へ戦いにゆく/留守を悲しむそなたの涙もやがては乾(かわ)き/ほかの男が言い寄れば そなたはきっと/金持の求婚者(おとこ)に心を許してしまうだろう」と言う。イモジンは恋人の不安を激しく否定して、もしもそのようなことになったら「わたしの虚言(うそ)と高慢(うぬぼれ)を罰するために/あなたの亡霊が 婚礼の席でわたしの傍らにすわって/裏切りを咎(とが)め わたしをあなたの花嫁だと言い放ち/お墓へ連れ去ることを 神様も許されましょう」と断言するのであった。しかし、一年と経たない内にイモジンは、金銀宝石をちりばめた男爵の「宝物 贈り物 広大な領地」のために恋人との誓いを裏切ってしまう。
男爵との結婚の祝宴が始まり、お城の鐘が 「九ツ半」を告げた時イモジンは、傍らの見知らぬ男に気付いてはっとする。じっと花嫁を見つめる男の「顔は鉄面(かなめん)に隠れ 背丈は巨人の高さ/鎧(よろい)は みるも恐(こわ)げな黒鎧」であった。花嫁にうながされて男が兜を取る。イモジンの目に映ったのは髑髏(されこうべ)であった。居合わせた者たちは皆、恐怖の叫び声をあげ、吐き気を催して目を逸らす。なぜなら、「蛆虫(うじむし)が うごめき出ては這(は)いずりまわり/両の眼とこめかみを 舐(な)めずりまわしていた」からである。裏切りを罰するために墓場に連れ去ると言って、男は女をかき抱いて大きく開いた大地に吸い込まれてゆく。記録によるとイモジンは、男爵亡き後の城で、犯した罪の罰を受け続けているという。それは、次のように表現される。
年に四度 子(ね)の刻に
人々が深い眠りについたとき
イモジンの亡霊が 白い花嫁衣装で
髑髏(されこうべ)の騎士と広間に現れ
ぐるぐる円舞(まわ)されて悲鳴をあげる
墓から奪(と)りたての髑髏(どくろ)の杯を呷(あお)りながら
蒼白い亡霊達が 二人を囲んで踊っている
その飲みものは人間(ひと)の血 そして彼らは
恐ろしい詞(ことば)を喚(わめ)いている 「勇者アロンゾと
彼の妻 裏切り者のイモジンに乾杯!」
この詩は、作者ルイスが書いたゴシック小説 The Monk (1796) に挿入され、後に詩集Tales of Wonder (1801)に収められた。悪徳修道僧アムブローシオの欲望の餌食となった清純な乙女アントニアが、母親の部屋で見つけたスペインのバラッドという設定である。小説の出版と同時に詩の人気も高く、詩そのものが単独にThe Morning Chronicle紙7月号を皮切りに翌年にかけて毎月のように各種新聞雑誌に掲載されたようである。後にバイロンは彼の風刺詩English Bards and Scotch Reviewersの中で、「修道僧にして詩人なるルイスよ あなたの驚くべき力量は、詩神ミューズの霊山パルナッソスを喜々として教会墓地に変えた。亡霊こそあなたのミューズで、悪魔サタンでさえあなたと一緒に住むことを恐れるのだ。なぜならば、あなたの頭蓋骨の中にはサタンの地獄よりももっと深遠なる地獄があると知っているからである」と書いた。
しかし、清純な乙女アントニアと、「清純さ」からは程遠いイモジンそのものとは、あまり意味が繋がらない。ただし、このバラッドを読んだアントニアが恐怖感に襲われたとしたら、それは彼女の身にこれから起こる凄惨が事件を予告するものとして効果的である。それこそ、小説の読者が煽られてゆく内容であった。それに便乗するかのごとく、人気の高い作品ほどパロディの標的とするというのも、当時の読者の嗜好を反映するものであった。右の画像は、1799年6月4日にCharles Fewなる人物が書いた“A parody upon the poem of Alonzo the brave and the fair Imogene”というルイス作品のパロディと、版画家John Eckstein, Jrの版画 [single folio sheet (490 × 300 mm)]である(テキストは「原詩の箱2」参照)。主人公は男性がデイモン、女性がフィリス、男は「親の命令」でインドに行くことになる。女が永遠の愛を誓うのはルイスと同じ。間も無く別のトマスなる求婚者が現れて、その金持ちと結婚することになるのも原作と同じ。結婚披露宴の部屋の壁が破られ、天井から青い炎が走り、目から炎を発する男が現れる。脇腹から血を滴らせた男は、女の胸から心臓を引き剥がし、そのまま女を連れてその場を立ち去る。恐怖を掻き立てる点で原詩に勝る箇所は、それから先、時々二人が悪魔に伴われて寝静まった赤子たちの前に現れ、その体を食し、嬉々として生き血をすする、と表現している最終スタンザであろうか。
他者のパロディを待つまでもない。ルイス自身が自らの作品をパロディ化しているのである。The Monkの第4版(1798年2月28日)に原詩の脚註として付けられ、後にTales of Wonder (1801)に収録された“Giles Jollup the Grave, and Brown Sally Green”( 「原詩の箱3」参照)である。主人公の男性を薬剤師の‘Giles Jollup’、女性を色黒の‘Sally Green’と名付けて、話の進行は大本の詩に忠実である。仕事で遠くに出かけるジャイルズにサリーは、愛の誓いを裏切って別の男と結婚したら、あなたの亡霊が祝宴の席に現れ、食べ過ぎてお腹をこわした私にダイオウの根(=下剤)を飲ませた上で、墓場に連れ去ることを神様もお許しになるでしょう」と豪語する。(Cf. “God grant that, at dinner too amply supplied, / Over-eating may give me a pain in my side; / May your ghost then bring rhubarb to physic the bride, / And send her well-dosed to the grave!”) 留守を守るサリーの前に現れたのは金持ちのビール醸造業者。強いビールを飲まされて意識朦朧となったサリーはこの男の妻となる。祝宴のローストビーフが神父によって浄められ、花嫁は「狼のような歯と爪を立ててご馳走にかぶりつく(‘Tooth and nail like a wolf fell the bride on the feast’)。ナイフとフォークがぶつかり合う音が止むことなく続き、やがて深夜の鐘が鳴る。猫も後ずさりするような青緑色した身体の小男が隣に座っていることに気付いたサリーは、「カツラをとって、ビールでも召し上がれ」と言う。現われたのはツルツルの頭蓋骨。豪語通りに下剤を飲まされたサリーは薬剤師に連れ去られる。年に四度真夜中に二人が現れるのは元歌と同じであるが、女は「下剤はいや」と叫び、男は左手にコップ、右手に薬を持って、女の後を追っているという大団円である。
元歌の騎士を薬剤師に仕立て、女の結婚相手の男爵をビール醸造業者にして、87行に渡るこのパロディの7か所10行をイタリックにしている理由をルイスは頭注で、それは或る新聞に発表された"Pil-Garlic the Brave and Brown Celestine"というパロディから拝借したのであると率直に記している。これ以上の多言は要すまい。伝承バラッドの模倣は、かくも遊戯化されてきたのである。しかし、この「遊び」(=諷刺)のエネルギーが、やがてヴィクトリア朝の詩人たち(ルイス・キャロルほか)に伝染し、バラッド詩は一大隆盛を極めることになるのである。
ひとくちアカデミック情報
English Bards and Scotch Reviewers:George Gordon Byron (1788-1824)作、1809年。この部分の原文全行は次の通りである:
Oh! wonder-working Lewis! monk, or bard,
Who fain wouldst make Parnassus a church-yard!
Lo! wreaths of yew, not laurel, bind thy brow,
Thy muse a sprite, Apollo’s sexton thou!
Whether on ancient tombs thou tak’st thy stand,
By gibb’ring spectres hail’d, thy kindred band;
Or tracest chaste descriptions on thy page,
To please the females of our modest age;
All hail, M.P.! from whose infernal brain
Thin-sheeted phantoms glide, a grisly train;
At whose command “grim women” throng in crowds,
And kings of fire, of water, and of clouds,
With “small grey men,” “wild yagers,” and what not,
To crown with honour thee and Walter Scott;
Again, all hail! if tales like thine may please,
St. Luke alone can vanquish the disease:
Even Satan’s self with thee might dread to dwell,
And in thy skull discern a deeper hell. (ll. 265-82)
右の画像: 出展は‘Broadside Ballads Online from the Bodleian Libraries’ (Edition - Bod18844; Ballad - Roud Number: 4433). この‘Broadside Ballads Online‘というのは、16世紀から20世紀までの英語で印刷されたballad-sheetsで、オックスフォード大学のボドリアン図書館の電子化されたバラッド・コレクションと、他の大学図書館等に収録され電子化されている1800年以前のEnglish Broadside Ballad Archive、それにEnglish Folk Dance and Song Society提供のRoud Broadside Indexからなるものである。