第124話 「不滅」の期限


トマス・ハーディ 「不滅の恋人」(Thomas Hardy, “Her Immortality”, 1898)

 



 近代化する社会の狭間で失われてゆく数多くの伝統を主題としたハーディの小説は、結果として余りにもペシミスティックにならざるをえず、読者からその小説を燃やされるという結末を経て、『日陰者ジュード』(Jude the Obscure, 1896)を最後にハーディは小説の筆を折った。以後は詩作に専念して、9編にのぼる詩集を出版している。実は、もともと詩の創作こそ彼が求めるものであったが、それでは金にならず、便宜的に書いた小説が多受けしたことから、当分の間小説を書くことに専念したという事情を告白している。結果としてハーディは英語圏で最も多く40篇近いバラッド詩を残し、伝承バラッドに精通してその様々な題材を駆使した独自の作品を創作した詩人となった。

 伝承バラッド「眠れぬ墓」(“The Unquiet Grave”, Child 78; 第18話参照)で、12か月と1日が過ぎても恋人の墓に坐って泣く男に、死んだ女が次のように言う。

「あなたとわたしがよく歩いた
  向うにみえる緑の園に
いちばんきれいに咲いていた花も
  いまは枯れて茎ばかり

「恋人よ その茎もからからに乾いている
  そのように二人の心も枯れるでしょう
恋人よ 神様がお召しになるまでは
  あなたも一人でいてください」 (sts. 6-7)

綺麗に咲いていた花もやがては枯れるように、愛し合った二人の心もやがては枯れてゆくのだと、別離の悲しみも永遠でないことを諭す。伝承バラッドの底流にある、一切のものは無常であると観ずる「無常観」であった。しかし他方で、現世で結ばれなかった恋人たちは、死後、草木に変身して永遠に結ばれるのだという想像力も、伝承バラッドの豊かな物語を生み出す原動力となっていた。この種の変身譚の代表的なものの一つが「マーガレットとウィリアム」(“Fair Margaret and Sweet William”, 74B; 第1話参照)である。

マーガレットは 清らかな愛のために
  ウィリアムは 悲しみのために息絶えました

マーガレットの墓のうえには バラが生え
  ウィリアムの墓のうえには イバラが生えて
バラとイバラは大きくのびて恋結びを結(ゆ)いました
  こうして二人は 死んで結ばれたのでした (sts. 17-18)

 愛することをめぐる「無常」と「永遠」のどちらのタイプにもハーディは、一歩踏み込んだ創作力を発揮した。「あら 私の墓を掘っているのは」("Ah, Are You Digging on my Grave?”, 1913)では、墓の中から女が「私の墓を掘っているのは誰?」と問いかける。愛していた恋人かと問えば、「もう 亡妻に真心を尽くさなくても/傷つける筈もないし」と言って、金持ちで最高に綺麗な女性と結婚したと告げられ、ならば「私に一番近い大切な親戚たちかしら」と問えば、「墓をきれいに飾っても 死神の罠から/霊(たましい)を救うことは出来ないさ」と言って皆んな思案に暮れているという。だったら、わたしの墓をこそこそと突くのは 私の恋仇かしら」と言えば、「いいえ 人間(ひと)みなに いずれは閉まるあの門を/あなたが通ったと聞いたとき/その女性(ひと)は あなたをもう憎む価値もないと思って/永眠(おやすみ)の場所など 気にもしません」と言う。だったら誰が一体、もう思いつかないと女は言い、次の答えが返ってくる。

「ああ 僕ですよ 大切な奥様
あなたの愛犬です まだこの近くで暮らしています
僕がここを動きまわって
  奥様の永眠(おやすみ)の邪魔をしたでしょうか」

「ああ そうね 私の墓を掘るのはお前よね
  どうして思い付かなかったのかしら
忠実な者をひとりだけ あとに残してきたことを
いったい 人の心の中に
犬ほどの忠実さは
  あるのかしら」

「奥様 僕があなたの墓を掘ったのは
  骨を一本 埋めようとしたからです
毎日の散歩の途中  この辺りで
お腹が空くと困りますから
すみません でもすっかり忘れていました
  ここが 奥様の永眠(おやすみ)の場所だなんて」  (21-36; 近藤和子訳)

ここに示される鋭いブラックユーモアには、「死」に対する一切の宗教的受容を拒絶する鋭利な近代的合理主義が開示されている。
 「ウィリアムの亡霊」(“Sweet William’s Ghost”, 77B;第61話参照)で、「肉体を持った亡霊」(‘corporeal revenant’)として現れた恋人が夜明けの雄鶏の鳴き声とともに墓場に戻っていった後を追ったマーガレットが、恋人の側で眠りたいと申し出ると、亡霊は次のように応える。

「冷たい土がぼくの蒲団(ふとん)
  それはまた経帷子(きょうかたびら)
ぼくの寝床は土の中
  飢(う)えた虫たちと眠るのだ」 (st. 14)

筆者の体験でもそうであったが、骨壷を収める墓の中が今日のようにコンクリートを打っていなかった昔、そこにはたくさんの蛆虫が湧き出ていた。ましてや、火葬でなく土葬の時代には一層そうであっただろう。伝承バラッドは、このような強かな現実認識を土台にして、豊かな物語の世界を構築していたのである。

 今回の作品「不滅の恋人」 (“Her Immortality”) は、ハーディが30年以上にわたって書き続けていた詩を集めた最初の詩集『ウェセックス詩集』(Wessex Poems and Other Verses, 1898)に収録された。このバラッド詩には、上に紹介した数篇の伝承バラッドにおける愛と死をめぐるモチーフのすべてが内包されている。夢現(ゆめうつ)つの中で、死んだ恋人が現れて「誠実なあなたのもとに」やってきたと言う。

「わたしが死んで七年の時が巡りました 
  わたしを覚えている者はもう誰もいません 
夫は別の花嫁さんをもらいました 
  わたしの子供たちの愛も もうその女のもの 

わたしの兄弟姉妹も友達たちも 
  もう わたしの亡霊に会いに来てはくれません 
誰がわたしを一番大切に思ってくれていたのか 
  みんなの前から姿を消して初めて わかりました」 (17-24)

人間には犬ほどの忠実さもないと嘆いた墓の中の女と同じ感慨に浸る。しかしその犬からも裏切られる女と違ってここでは、残された男は「あなたの笑顔無くしては いっときも生きてゆけない」と、死んで結ばれようとする。それに対して亡霊は、「死ぬのはやめて」、わたしのことを心に留めてくれるあなたが生きている限りわたしは「不滅」だ、と言うのである。

「だから あなたが生きてくださることで わたしも生かされるの 
  あなたが死ぬことは わたしを殺すことになるのです 

あなたの中でこそ わたしの唯一の力 
  この世で幸せに生きる力が続くのです 
あなたを信頼して 
  これからも長い年月を過ごせるのです」  (35-40)

これは伝承には無かったレトリックである。以後、様々な記念日などの折々に恋人の亡霊は現れる。しかし、残されて生き続けなくてはならない者の悲しみ・苦しみは段々と大きくなる。



  わたしを通してのみ生きている恋人は
わたしが死んだら 恋人の霊に与えられた生の期間も切れて
  二度と再び甦(よみがえ)ることはないのだから   (54-56) 


“When I surcease, / Through whom alone lives she, / Her spirit ends its living lease, / Never again to be!” — ’lease’とは「賃貸借契約期間」を指す一種の法律用語で、当事者間で交わされる契約はこの場合、生き残った者の方が死んだらその契約は終了する、すなわち、愛とは、「(どちらかが)生きている間」を限度に成立する契約というのである。ミューアは、弱者への愛情や社会の不正義への風刺などをうたったバーンズ (Robert Burns, 1759-96)とも、また、人間の罪と罰、国家と教会などの深淵なテーマに挑んだドストエフスキー (1821-81)とも違って、最も単純化した形で人生をあるがままに受け入れる伝承バラッドの精神を「悲劇的受容」(’tragic acceptance’)の精神と表現したが、ハーディは自らのバラッド詩の中で、近代的受容の合理性を示して見せた。しかも実際には、そこまでの期限付き「不滅」にも無理があることを彼は自らの秘められた体験として実感的に抱き続けていた。
 1912年の妻エマ(Emma)の死後に書かれたPoems of 1912–13は、生前二人の関係が冷えていったことに対する後悔の念の中で、亡霊となったエマとの交流が率直に語られ、詩人としてのハーディの完成をみたと評される詩集である。”Your Last Drive”では、最後に会った8日後に亡くなったエマに「親愛なる亡霊よ」(‘Dear ghost’, 27)と呼びかけ、「君は 愛や称賛 無関心や非難を超えてしまった・・・」[30; 森松健介訳、以下この詩集からの訳はすべて森松訳『トマス・ハーディ全詩集 I』(中央大学出版部, 1995)より]と語る。”Lament” では、墓の中のエマを、「締め出され/幽閉されている/刑務所のような殻のなかに/ちっぽけな 彼女の独房に」(8-11)と説明し、「草の下に幽閉されている」(19)、「閉じ込められ 幽閉され」(41)と繰り返される。引き裂かれた恋人同士が死後に薔薇に変身して結ばれるとうたう伝承バラッドを念頭に”The Spell of the Rose”を読むと、背筋に寒さを覚えるような距離感を感じざるをえない。若い頃建築に携わった彼は1885年に自ら設計した館’Max Gate’を建てた。その敷地にバラを植えると約束しながら実現しなかった彼に代わって、仲直りの願いを込めてエマが密かに植え付ける。亡霊は語る。

何事も二人の魂を裂かれたままにできないように
  バラの茂みを植えつけた 「このバラが
  ぞっとするほど歪んだ不和と 長ながとした
    病の日を終わらせるでしょう」

  ところがわたしは地上から召されてしまったの、
    バラの茂みがまだ育たないうちに。
    今は わたしが植えたバラについて
彼がどう考えているのか 知りたいものね
  そして わたしが亡霊になるように召されてから
  彼が 遠い昔のように 彼の心をわたしに
    改めて捧げるようになったかどうかも知りたいの!

  たぶん今は 私が自分で植えたのに育つのを見られなかった
    あの 樹木の女王は花咲いているでしょう 
    そして彼は バラの輝きのそばで—
わたしの姿まで判らなくさせていた白内障の治った目で—
  そうよ あの樹木の女王のそばで
  昔どおりのわたしを見てるでしょう 残念ながら
    わたしにそう告げるには遅すぎたけれど!  (25-42)

昔出会った人々がみんな地の下に消え失せて「無に帰した」(‘banished / Ever into nought’, “St. Launce’s Revisited”, 27-28)という感慨を懐いてこの詩集は閉じられている。妻の亡霊に「わたしの姿まで判らなくさせていた白内障」とまで言わしめるハーディの距離感 (‘sense of detachment’、いや、’cold-blooded sense of detachment’と言うべきか?)にこそ、現代詩の父と評価されるに到った冷徹さの原点があるのではないか。


ひとくちアカデミック情報: 
近代化する社会:1902年3月のハガード(Sir Henry Rider Haggard, 1856-1925)宛の書簡で、社会の近代化に伴って失われてゆく伝統の数々を、ハーディは次のように具体的に指摘している:「喜ばしくない様々な変化が起こった。人々は一箇所に定住して働くことをしなくなり、若者たちは目新しい光景を求め、新しい人との出会いを求めて移動した。その結果、長らく村に引き継がれてきたもの ー 膨大な量の口承によるフォークロア、地方史、地理的記録、命名体系などは徐々に忘れ去られ、もはや忘却の彼方に消え去った。自分が生まれた農場に今も住んでいるような農民は誰一人知らない・・・。環境の継続性は消え失せ、情報にせよ、諸々の名前にしろ、事の由来、過去の名残等々、押し寄せる新しいものに取って代わられる。例えば、丘や小川の名前、埋葬されている人のこと、土地に伝わる妖精や亡霊伝説、薬草のこと等々、何を訊いても答えは返ってこない。しかし、かつては、貧しくて、ちゃんとした墓の無い人々の埋葬されている場所だって、みんなよく知っていたのだ・・・。これこれのバラッドがこれこれの土地に結びついている、これこれの亡霊物語は或る場所に纏わる話であるとか、これこれの病いに効く薬草はこれこれの茂みに生えている等々、即座に言えたものだ。」[Florence Emily Hardy, The Life of Thomas Hardy 1840-1928 (London, 1962) 312-13]
 
ミューア:  Edwin Muir, 1887-1959. Cf. “The ballads are, with respect to Burns, on a different level; the level of tragic acceptance. They are equally far from the world of the insulted and injured which tortured Dostoevsky’s imagination. They lie on the other side of the great plateau of the eighteenth century, with its humanitarian passion and its vast hopes for mankind. And the early tragic world which they summon up was the poetic sustenance of the peasantry for hundreds of years. This poetry has no sentimental appeal. It simply sets down life as it appeared to the peasantry: an ancestral vision simplified to the last degree. And this extreme simplification molded its style into an instrument of the communal imagination [Edwin Muir, Estate of Poetry (London, 1962)13-14]. 

 

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