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第66話 「わたしの夫は女でしょうか」
「ブラックレイの男爵」 ("The Baron of Brackley", Child 203A)

インバレイがブラックレイの城にやって来る。「眠っているのか 起きているのか 男爵よ/俺たちの剣がおまえの血を啜(すす)ろうと待っている」と怒鳴り上げる。「略奪しようとやってきたのか/紳士ならば入ってこい/一杯飲めば 血など流れるはずがない/「雇われの悪党ならば とっととうせろ/ローランドで 肥えた牛を盗むがいい」と、城内の男爵の方は、なかなか紳士的?、慎重?である。それに対して、ブラックレイ夫人は、「さあ あなた [怖]がることなどありません/男のなりをしていても 青二才にすぎません」と強気である。ぐずぐずする夫を、「わたしの夫は女でしょうか」と罵った夫人は、侍女たちを集めて、「糸巻き棒」で追い払ってやると豪語する。このひと言で、事件の語り口は喜劇的な様相を帯びてくる。奮起を促された夫は、銃を持ってこさせ、「二度と帰ることはない」という覚悟で、弟ウィリアムと叔父、それにいとこのジェイムズ・ゴードンも連れて、門の前に立つ。第22スタンザの「こんなに勇敢な男爵を見たことはありません」とは、夫人の心の内のつぶやきか???。決戦を前にして、心優しき一族の思いやりの交換はどうか!ブラックレイは弟に、結婚したばかりなのだから戻れと言い、弟は兄に、「兄さんはすぐに帰ってくれ/兄さんが殺されたら 義姉(ねえ)さんが一人残される/「義姉(ねえ)さんとかわいい息子が残される/父(てて)なし子では かわいそう」と言う。これでは、戦う前から勝負にならない。おまけに、相手は400人、こちらは4人である。

Child 203A baron of brackley jinnnouchi
陣内敦 作


最後の6スタンザは、領内の者たちか、あるいは、行きずりの旅人たちのやり取りだろうか。一人が、お城へ行って中を覗いてみたか、ブラックレイ夫人は髪をかきむしって悲しんでいたかとたずねると、その答えは、「ブラックレイの城へゆきました/城の中では 夫人が髪を結っていました/楽しそうに喜び 踊り 歌っていました/その晩インバレイにご馳走するといいました/インバレイを歓迎し 一緒に飲んで食べました/夫を殺した男に親切でした」と言うのである。 強いインバレイの男らしさに惚れて、さっさと乗り換えたか。C版でははっきりと、朝まで一緒で、その後、捕まらないような逃げ道まで教えた、とある。それは、女のしたたかな処世術なのか。それとも、一族の全滅を回避するための覚悟の行動か。D版では、歓待の席上、あなたたちは私の男爵様を殺したけれど、わたしはそれを咎める気持ちは欠片もないと言う一方で、目撃者の証言として、奥方は目に涙を溜めていた、その足元には7人の子供が、そして、8番目は膝の上に抱かれていた、とある。複雑な心理をうたっているわけである。A版に戻って、乳母の膝の上で息子が、「大人になったら きっと敵(かたき)をとってやる」と言う。最後は、「台所には悲しみが 広間には笑いがありました/ブラックレイの男爵は死んでいなくなりました」と締めくくられる。

インバレイもブラックレイも元々地名であるが、ここではそれぞれ「インバレイのファルカルサン」 (Farquharson of Inverey)、「ブラックレイのゴードン」(Gordon of Brackley)という、スコットランドの北東アバディーン州を拠点とするハイランドの名だたるクランの名前を指している。うたわれているインバレイによるブラックレイ襲撃事件は実際に1666年9月に起こったものと説明されているが、様々な原因によるクランの衝突は現実に日常茶飯事であっただろう。「ボーダー・バラッド」 と呼ばれるものの多くは、実際に起こったクランの対立をうたっているが、バラッドという「歌」としてのポイントは、単に凄惨な戦いを記録するのではなくて、そこには必ず「創作」が生まれ、ドラマ化されていることを忘れてはならない。現実のゴードン男爵は、あのように女々しくはなかっただろう。夫を殺された直後の夫人の振る舞いが勝者に媚びるものであったかどうかは判らないが、現実には医者のジェイムズ・レズリー某と結婚しており、「その事実からしても、 歌の最後での確証のないスキャンダルは否定されるだろう」とチャイルドは頭注で述べている。

ひとくちアカデミック情報
ボーダー・バラッド:今日「スコティッシュ・ボーダーズ」(The Scottish Borders)というのは、1975年に成立したスコットランドの行政区画の一つで、しばしば「ボーダーズ」とも略して称され、32の地方議会の一つである。しかし歴史的 には'the Borders'という言葉は、広くイングランドとスコットランドの境界地方を指しており、「ボーダー・バラッド」というのは、この広義での国境地帯における物語をいい、チャイルド・バラッド305篇中60篇あまりを占めているものである。今回の歌のようにスコットランド側のクラン同士の家畜略奪をめぐる抗争をうたうもの、第20話 『ダグラス家の悲劇』 ("The Douglas Tragedy", Child 7B) におけるようなクランの対立に巻き込まれる恋人たちの悲劇をうたうもの、第6話 『ノーサンバランドの麗 (うるわ)しの花』 ("The Fair Flower of Northumberland", Child 9A) におけるように国境を越えた愛の悲劇をうたうもの、第48話 『チェヴィオットの鹿狩り』("The Hunting of the Cheviot", 162 B) におけるように国境を挟んで対立する国の戦いをうたうもの等々、その内容は様々である。

コメント   

0 # コカママ 2016年01月16日 12:13
この物語、大河ドラマで見た、織 田信長の妹お市の方、その娘茶々 の生涯を連想させますね。美貌名 高いお市の方は、秀吉に対抗する ために(ドラマでは)ブサイクな 柴田勝家とすすんで再婚し、母親 の美貌を受け継いだ茶々は、母を 殺した秀吉の側室となって天下取 りに邁進してゆく。乱世に生きた 女たちは、いつの時代もどの国で も、命をはってたんだと。
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