第6話 国境を越えた愛もいろいろ
『ノーサンバランドの麗 (うるわ) しの花』("The Fair Flower of Northumberland", Child 9A)
命を賭けて禁断の愛を貫く歌がある一方で、己の命を守るためならば純愛の振りなど簡単であるという歌もある。スコットランドの騎士が、国境を隔てたイングランド最北部の州ノーサンバランドの伯爵に捉えられていた。ある時、たまたま伯爵の美しい娘が牢屋の脇を通り、騎士は大声で娘に呼び掛ける。目に涙をいっぱいためて、どうか助けてくれ、と騎士の演技が始まる。「あなたは わたしたちの国の敵」だと娘から言われた騎士は、自分は敵などではなくて、あなたの愛を得るためにこの国に来たのだと言う。「なぜ わたしの愛を求めてきたのです/あなたの国には妻も子もありながら」と反論されると、自分には妻も子供もいない、もしも自分を自由にしてくれたら、あなたと結婚し、「女王のように 豪華な部屋に住まわせましょう」と誓う。嬉しくなった娘は、騎士を牢屋から出すために父親の鍵束を盗み、お金も盗み、二頭の立派な馬も盗みだして、二人して脱出を果たすのである。
陣内敦作 |
途中で、大荒れの川に辿り着く。「ノーサンバランドの麗しの花」と讃えられた娘には、とても怖くて渡れない。しかし、「ぐずぐずしてはおれないのだ」と叱咤されて、あばれる馬に鞭を当て、頭から足の先までずぶぬれになって、川を渡る。「あなたを愛しているからできたのよ/わたしは ノーサンバランドの麗しの花」と娘は言う。こうして、冬の夜通し馬を駆って、ついにエディンバラに辿り着く。その途端に、騎士の態度が豹変するのである。「さあどちらを選ぶ 浮気な花よ/おれの女になるか/それとも ノーサンバランドに戻ってゆくか」と言い、自分には妻と五人の子供がいる、と言い放つ。騙されたと知った娘は、こんな恥をかかされた以上は生きてゆけない、殺してくれ、と迫る。結局騎士は娘を馬から降ろし、その場に置き去りにしてしまうのである。その後は、通りがかったイングランドの騎士に助けられて、国に連れ戻される。最後は、「美しい娘たちよ この話を戒めとせよ/スコットランド人は これまでもこれからも 不実な奴ら/イングランドの男にも 女にも」とうたって終わる。
今日残っているイギリスのバラッドにはスコットランドとイングランドの国境地帯を舞台にしたものがたくさんあるが、国境を挟んでどちらの立場からうたっているかという視点でバラッドを楽しむのも一興である。今回紹介した歌はもちろんイングランド側からうたったものであり、純情なイングランド娘をだましたス コットランドの騎士の不実を糾弾すると同時に、「このままおめおめとは帰れない、殺してくれ」と言うイングランド娘の毅然とした態度を強調している。一 方、この歌のスコットランド版(C版)では、捨てられたイングランド娘が、台所に立って料理をつくり、あなたの奥様にお仕えしますから連れてって、と卑屈に嘆願するとうたわれている。
ひとくちアカデミック情報: 国境: 同じイギリスという国の中でのスコットランドとイングランドという二つの地域を隔てるものを「国境」と表現することを奇異に思われる方も多いだろう。国の公式名称は「グレートブリテンおよび北部アイルランド連合王国」(United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland)といい、 大きく分けて、イングランド(England)、スコットランド(Scotland)、ウェールズ(Wales)と北アイルランド(Northern Ireland)の4つの地域から成る。実はこれらの地域は元々は独立した国であって、イギリスという国にはこれらの地域の侵略と独立が繰り返された複雑な歴史があるのである。スコットランドとイングランドは1603年に王室が統合され、1707年に議会が統合された。ちなみにウェールズはヘンリー8世(イングランド王、1509-47)の時代にイングランドに統合され、北アイルランドは1920年に統合された。イングランド人にとっては「イギリス」とは ‘England’で結構なのであるが、他地域の者たちには'England'はあくまでも「イングランド」という一地域を指すのである。余談ながら、ヨーロッパで長い伝統を誇るラグビーの「五カ国対抗」(ファイブネーションズ)とは、イングランド、ウェールズ、スコットランド、アイルランド、フランスによる対抗戦を意味した。(現在は、イタリアが加わって六カ国対抗戦。)
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