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第86話 ロビンの最期
「ロビン・フッドの死」 ("Robin Hood's Death", Child 120A)


「ロビン・フッドの武勲」("A Gest of Robyn Hode", Child 117) 全456スタンザ(1,824行)中、「カークスリーの尼僧院長」に騙されて瀉血で命を落としたことを最後の6スタンザで簡単に触れているのに対して、本題の「ロビン・フッドの死」は欠落行を含めて27スタンザ(108行)すべてが主人公の死に至る事情を語っている。

Child 120A robin hood s death

陣内敦作

体調不良を訴えるロビンは、「カークリーの修道院」('Churchlees'; 117番では「カークスリー」('Kyrke[s]ly', st. 454)に血を抜いてもらいに行くという。例によって、一人で行かれるのは危険であり、50人の射手をお連れくださいという部下の意見を無視して、リトル・ジョン一人に弓を担がせると言う。「ご自分で担がれませ あなた様がご自分で/道中二人で腕だめしなどいかがです」というジョンの軽口は、前話でも紹介したが、元気であった頃の往年の二人のやりとりである。途中、川に架けられた渡し板に一人の老婆が座っていて、ロビンに呪いの言葉をはく。「なぜそのようにこのロビン・フッドを呪う」という問いかけに対する答えとなるべき次の行は単純に欠落していて不明であるが、何か不吉な予感を伝えるには十分である。向かった修道院の女修道院長はロビンの従姉妹に当たるもので、自分に害をなすはずがないとロビンは信じきっている。瀉血針を腕に突き立てられ、「はじめに濃い血が流れでて/ついには薄い血に」なって初めて、ロビンはやっと女の悪意に気がつく。脱出を図って窓から滑り降りようとしたその時に、女修道院長の恋人レッド・ロジャーのよく研がれた剣がロビンの脇腹を貫く。深手を負いながらも相手を打ち倒した後、ロビンは窓の外で待っていたジョンに「さあ お迎えだ・・・/お前のその手で送ってくれ/天国におわす神にかけて/きっとキリスト様がお救いくださるだろう」と言う。火を放って、カークリーの修道院を焼き払うと勢い込むジョンにロビンは、「いや それは相成らん・・・/それはあってはならんこと/最期に女に手をかけたとあっては/神に顔向けできはすまい」と言い、「わしをお前の背に負って/むこうの通りまで連れてゆき/小石と砂とで/美しい墓を作ってくれ/頭のところにはわしの輝く剣を立て/足下(あしもと)にはわしの矢を立てて/脇にはイチイの弓を横たえて/さお尺を・・・・・・」と遺言して、ロビンの生涯は終わる。

チャイルド119番(前作品)は15世紀半ばの写本に基づく「完璧」なものであったが、次の120番(本作品)も'Percy's Folio Manuscript'(第16話「ひとくちアカデミック情報」参照)と呼ばれるものの中にあって、断片化してはいるがそれだけ古さは保証される作品である。ここで気にかかるのは、ロビンフッド・バラッドの文字通りの主人公であるロビンの死が、チャイルド・バラッド配列のこの位置に置かれていることである。普通に考えれば、主人公の死をもって物語は終わるべく、最後に配置されそうである。一応、115番の 「ロビンとガンデリン」("Robyn and Gandeleyn")から154番の 「ロビン・フッドの真実の物語」("A True Tale of Robin Hood")までを一連のロビンフッド・バラッドとすると、120番というのはほとんど出だしの部分である。すでに冒頭でも触れたが、117番の 「ロビン・フッドの武勲」という、全8部からなるロビン・フッド伝説の集大成とも言われる作品の中でも、当然のことながらロビンの死が扱われている。中世イングランドの13世紀頃の文献上に登場してきたと言われる反体制的人物(アウトロー)像は、一人の人間の生と死を超えて伝説化してゆき、伝説が死滅しない限り、主人公は生死を繰り返す、と考えれば納得できよう。その上で、その反体制的人物像が時代の変遷の中でどのように変質していったかということが考察に値するのかもしれない。

ひとくちアカデミック情報
瀉血: 体内にたまった有害物を血液と共に外部に排出させることで健康を回復できるという考えに基づいて、中世以来、西洋医学で実践された療法であり、近代の欧米でも強くその効果が信じられ、さかんに行われてきた向きもあるという。決していかがわしい医師だけがやっていたわけではなくて、むしろ正統派の医師たちの中にも、「熱が出れば瀉血」「下痢をしても瀉血」「せきが出ても瀉血」といった調子で、「瀉血は何にでも効く」として頻繁に行っている者が随分いたという。ロビンの死に触れた他の作品[「ロビン・フッドの武勲」("A Gest of Robyn Hode", Child 117)、「ロビン・フッドと勇敢な騎士」("Robin Hood and the Valiant Knight", Child 153)]においても、ロビンがどのように体調を崩していたかは語られておらず不明であるが、「ロビン・フッドの真実の物語」("A True Tale of Robin Hood", Child 154))においてのみ、仲間の裏切りに悩んだために熱を出し、錯乱状態に陥ったことから、命の危険を脱するために瀉血しようとしたと説明されている(Cf. sts. 87-91)

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