第84話 面目躍如のロビン・フッド
「ロビン・フッドと焼物師」 ("Robin Hood and the Potter", Child 121)
理想的なリーダー像を失って完全に失墜するロビン・フッドを紹介する前に、かつての大らかで、知恵に長け、ユーモアに溢れた姿を紹介しておくことも必要だろう。それは、「男前で礼儀正しく 徳高く/弓を持っては最高の男」(第2スタンザ)と表されていた時代の姿である。
陣内敦作 |
ある日のこと、一人の焼物師がやって来る。一度も関銭(せきせん)を払ったことがなく無礼な男だから懲らしめてやろうというロビンの提案に、リトル・ジョンは、自分が今までに三度も闘って負けており、誰一人勝てる相手ではないと言う。しかしロビンは、自分が関銭(せきせん)を払わせてみせると豪語し、焼物師の馬を止める。勝負は簡単、一撃を首に食らってロビンは地面に倒れる。(ロビンが天下無敵という設定になっていないことはどの時代においても共通しているようであるが)負けたロビンは潔く、「これからはいつでも好きなときに/構わずこの道を通られるがよい」と言った上で、「お近づきの印として/わしと服を交換してはもらえぬか」と申し出る。快諾を得たロビンは独り、焼物商売にノッティンガムに向かうのであった。ここまでが前半部で、次からは焼物師に変装したロビンの話である。(「変装」は、ロビン・フッド物語の題材の重要な一つである。)
「焼物だよ 焼物だよ/開店祝いだ 安いよ安いよ」と、ロビンは代官の家の門の鼻先で商売を始める。かみさん連中が集まってきて、さっそく値切りが始まる。「大安売りだよ もってけ泥棒」とロビンは叫び、焼物は飛ぶように売れる。五ペンスの値うちものを三ペンスで売り、見物人たちに「あんな商いじゃあそう長くは続くまい」と囁かれる始末である。焼物があと五つを残すのみとなったところで、ロビンはそれを持って代官の奥方を訪ねる。(どうやらそれが、当初からのロビンの狙いだったようである。)プレゼントされた奥方はとても喜んで、「わたしたちと食事をしていらっしゃいな」という歓待ぶりである。「これは神のお恵みだ・・・/わしらの祈りが通じたものか」と、ロビンは内心ほくそ笑む。代官からも歓迎されて、皆が食卓について乾杯した時、代官の家来の二人が大きな賭けの話をする。賭け射的で、勝者が四十シリングを得るというものである。最高のごちそうを味わった後、皆がわれ先にと射的場に向かう。しかし、的を射抜けるものは誰もいない。すると大胆な焼物師(すなわち、ロビン)が立ち上がり、「わたしに弓をお与えください/ひとつ試してご覧にいれましょう」と申し出る。勝敗は明白、弓の名手ロビンの前に、代官の家来たちは赤っ恥をかかされたのである。大いに満足した代官がロビンに弓を与えようと言うと、この焼物師、「わたしは荷台に弓を持っております/実に素晴らしい弓でございます/その弓をわたしにくれたのは/ロビン・フッドでございます」と応える。驚いた代官が、ロビン・フッドを知っているなら、「百ポンド積んでも惜しくない/・・・/あの極悪の無法者に会わせてくれい」と頼むのであった。かくして、代官はまんまとロビンの罠にはまったのである。
翌朝、日が昇る頃、一同は出発の準備をする。ロビンは代官の奥方に別れを告げる時、「奥方さま わたしの感謝の気持ちを込めて/この金の指輪を差しあげます」と、女心を巧みにつかむ隠された一面を覗かせる。森にやってきた代官は、さえずる鳥の声に思わず楽しげに聞き入るのであった。焼物師ことロビン・フッドが吹く笛の音に、手下の者たちが一目散に駆けつけてくる。「お頭(かしら) ノッティンガムはいかがでした/焼物は売れましたかな」と迎えるリトル・ジョンにロビンは、「ノッティンガムの代官どのをお連れした/これほど上手(うま)い商いがあろうか」と応じる。「もしノッティンガムの町にいたときに/これが分かっていたならば/この美しい森に来る馬鹿などおりはせぬ/過去千年探してもおるわけがない」と代官は嘆くも後の祭り、例によって、馬もその他の持ち物すべて身ぐるみ剥がされたのである。「意気揚々と馬でやってこられたが/帰りは足で歩かれよ/奥方には大変世話になった/よくできた奥方様だ」と挨拶したロビンは、奥方に白い馬をプレゼントし、「奥方の情愛に免じて/お前はこれで許してやろう」と言って、代官を追い返す。迎えた奥方に代官が、持っていった物すべてを奪われたと喚き、ロビンからのプレゼントの馬を渡すと、奥方は声をたてて笑い、「ではあなたはロビンがくれた/焼物の代金を払われたのですわ/こうして帰ってこられたのです/良かったではありませんか」と慰められる。(色男ロビンの面目躍如である。)締めは、緑の森でのロビンと焼物師の会話:「焼物師よ わしが売った焼物は/一体いかほどの値うちもの」と問うロビンに、焼物師は「あれは一ポンドの三分の一/したがってお互いまる儲け/稼ぎは二人で山分けじゃ/分け前を さあこれに」と答え、ロビンが10ポンドを渡す。合計20ポンド稼いだという計算になる。収支決算は下の「ひとくちアカデミック情報」で。巧みに仕組まれた愉快なロビン・フッド物語の一例である。
ひとくちアカデミック情報:
ペンス: 英国の通貨単位1ポンドは100ペンス(pence)であるが、1971年以前の旧制度では1 pound=20 shillings=240 penceという複雑な仕組みであった。ロビンフッド・バラッドでは当然古い単位で計算すべきであり、従って、ロビンなる焼物師が一品3ペンスで叩き売った(35スタンザ)ということは80分の1ポンドで売ったことになる。最後のところでロビンの「わしが売った焼物は/一体いかほどの値うちもの」という質問に対する「一ポンドの三分の一」という回答は、売った焼物全部を指しているわけだから、全部で80ペンス程度のものだったのである。合計20ポンド稼いでいるということは、従って、文字通り「まる儲け」である。
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