第82話 どんでん返しに辟易?
「チャイルド・モーリス」 ("Child Maurice", Child 83A)
ロバート・バーンズが1793年の或る手紙で、「この歌の長さには辟易する」と書いているのは、単に話が長いというのではなくて、様々な場面設定から、別の成り行きをもっともらしく想像させておいて、土壇場でその想像に冷や水を浴びせるような物語の手口によるのではないか。
32スタンザ128行というのは、他と比べて決して長過ぎるわけではない。主人公チャイルド・モーリスが森で狩りをしているところから話は始まる。2行欠落している第2スタンザで「銀のくしを取り出して/金の髪を梳(す)きました」と聞くと、蛇に変えられた弟のところに土曜の夜毎にやってきて、銀の櫛で髪を梳いてやる姉の姿を思い出して[第51話「アリスン・グロス」("Allison Gross", Child 35)、あるいは第76話「汚い蛇と海の鯖」("The Laily Worm and the Machrel of the Sea”, Child 36)参照]、何か似たような(近親相関的な)事件、あるいは浮気沙汰が起こるのではないかと想像させられる。案の定モーリスは、ジョン・スチュワードの奥様にお話したいと頼んでくれ、「ほかの人には知らせずに/静かな森に来るよう頼んでおくれ」と、仕える小姓に言いつけ、夜になったら「ふたりでお話いたしましょう」と誘い、贈り物に「緑のマント」と「金の指輪」を用意していると言わせる。二つの贈り物はいずれも、ジャネットがカーターホーの森で「乙女の純潔」をかけて妖精タム・リンと出会った時の選択肢(物語の小道具、'narrative gadget')であり、誘い出される奥方がモーリスの手に落ちるのではないかと思わせる。素直な小姓が、途中一度も休まず大急ぎで奥方様のところにやってくる様は、奥方の浮気の報告に駆けて行く『リトル・マスグレイブとバーナード夫人』の小姓の熱意(?)を彷彿させる(第31話、"Little Musgrave and Lady Barnard", Child 81A参照)。お城に到着した小姓がモーリスの言葉を一言一句違わずに伝えると、奥方は「「おねがいだから/おねがいだから もう何もいわないで/主人の耳に入ったら/あなたはきっと縛り首」と言うではないか。二人はきっと不倫な関係に違いない。この会話を城壁の下で一言漏らさず聞いていた主人のジョン・スチュワードは、直ちに馬の支度をさせて森に向かう勢いは、「わしの馬に鞍をおけ/今宵いまから バクルズフォードベリーに出陣だ/今までにない火急の用で」と言ったバーナードと同じである。銀の櫛で金髪を梳いていたモーリスを見つけたスチュワードは、直ちに決闘を申し出る。ジョンの激しい一撃はモーリスの首を落とし、その首を剣で刺してお城に戻ってくると、奥方はすやすやと眠っている。モーリスの首を見た奥方は「産んだ子供は たったの一人/愛する我が子が 殺された」と言って息絶える。何とモーリスは母親と森で会おうとしていたのである。これは余りにも意外である。どういう事情であったかは全くわからないが、夫が知らないところで(多分、結婚前に)スチュワード夫人は子供を儲けていて、夫に内緒で、成長した子供に森で会おうとしていたのである。以下は、この歌を締める最後の二つのスタンザである。
陣内敦作 |
31 ジョンはいいました「不自由もなく養った
私の家来は役立たず
私が怒りに狂ったときに
なぜ私を止めてはくれなかった
32 「騎士と呼ばれた者のうち
最も気高い騎士を殺してしまった
女と呼ばれた者のうち
最もきれいな女を殺してしまった」
これは、『リトル・マスグレイブとバーナード夫人』におけるバーナードの最後のセリフと同じである。
27 「馬鹿者め 馬鹿者どもめ 皆の者
おまえらは 何の役にも立ちはせぬ
なぜ わしの手を止めてはくれぬ
頭に血がのぼると知りながら
28 「この世でいちばん勇敢な騎士(おとこ)を殺してしまった
馬にまたがる猛者(つわもの)だったのに
この世でいちばんきれいな女を殺してしまった
女の鑑(かがみ)であったのに
夫ジョン・スチュワードが誤解しても致し方無いほどに、この歌は巧みな小道具が配置されていたのである。このようなどんでん返しが受けたのか、1756年にエディンバラで上演されたジョン・ホームの『ダグラス』はこのギル・モ—リスの話が元になっていた。
ひとくちアカデミック情報:
ジョン・ホーム:John Home, 1722-1808. スコットランドの牧師、後に劇作家。『ダグラス』(Douglas)は1756年にエディンバラで初演され、その後、スコットランドでもイングランドでも上演を重ねたホームの代表作である。ある女性が今回のバラッド (Reliquesでは 'Gil Morrice'のタイトル)をうたっていたのを聞いてヒントを得たそうであるが、この悲劇の大ヒットが、また、逆に18世紀後半のバラッド・ブームに火をつけるという貢献をした点でも忘れてはならない作品であろう。イギリス経験論を代表する哲学者デイヴィッド・ヒューム(David Hume, 1711- 76)から、シェイクスピアにも匹敵する劇的才能に溢れていると絶賛されたブランクヴァース(無韻詩)による悲劇『ダグラス』には、エドマンド・キーン (Edmund Kean, 1787-1833)その他当代一流の俳優たちがこぞって出演した。そこでは、冒頭ランドルフ夫人が、親に認められない相手との間にできた子供を密かに侍女に託して隠すのだが、嵐にあった侍女と息子はそのまま行方知れずになってしまう。羊飼いのノーヴァルに救われたその息子は、やがて「ノーヴァル」を名乗って成長し、或ることでランドルフ卿の命を救ったことから厚遇を得るが、それに嫉妬した卿の世嗣ぎGlenalvonの策略から卿自身の手にかかる。実の息子ノーヴァルの死を知ったランドルフ夫人は、断崖から身を投げ出して死んでゆく。