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第81話 「重い石が落ちてきました」
『王女ジーン』 ("The King's Dochter Lady Jean", Child 52A)


森を舞台に男女の出会いがあり、それが或る時は幸せな結婚に結びつき、また或る時は不幸な出来事になってしまうという物語の設定は、これまでにも数々みてきたバラッドの定番である。それ故に、私が二番目に出版したバラッドの訳詩集は『バラッド — 緑の森の愛の歌』(共訳、近代文藝社、1993年)と題して、「愛と悲しみの物語」、「呪いと嫉妬の物語」、「禁断の愛の物語」、「おかしな男女の物語」、「マリアとキリストの物語」とグループ分けした。「禁断の愛」とは、頻出する近親相姦の物語であり、前出の『美しい雌鹿』ほか4篇を紹介しているが、今回の『王女ジーン』はそこには収められていない更なる1篇である。

王様の娘が窓から外を眺めていると、「木々は緑/木々は緑に繁っていました」と歌は始まる。その美しい緑の森に栗の実とリンボクの実をもぎに行き、若者に出会って、実をもぐ行為を咎められた娘が、それは自分の勝手で、「あなたの許しなんかいらないわ」と言い返すが、次の場面では二人は早くも結ばれるという、場面設定と話のテンポの良さは『タム・リン』(第4話参照)そっくりであるが、しかしその後、お互いに身分を明かしあったところ兄妹であったということが分かる。若者がどこか遠くに出かけていて、「最初に国に戻ったとき/おまえは生まれていなかった」と言い、「二度目に国に戻ったとき/おまえは乳母の膝に座っていた」と言い、「三度目に国に戻ったとき/おまえとここで出会ってしまった」と嘆くのであった。

Child 052A king s daughter lady jean のコヒー
陣内敦作

近親相姦の悲劇は前話と同じであり、『美しい雌鹿』では、ポケットから取り出したナイフで自らの命を絶った妹を兄は「緑のヒイラギの森」に埋め、雌鹿に変身した妹に対する思いを、「あの美しい雌鹿のために ああ鎮魂歌(うた)を/むこうのヒイラギの木の下の」というリフレインに込めていたのであった。

同じようにポケットから取り出したナイフで自分の体を深く刺した王女ジーンは、ゆっくりと起き上がってお城に戻る。階下の広間に寝床をつくり、階段を降りてきた王様や女王様や姉が、どうしてそんなところに寝ているのかと尋ねると、「昨日の晩遅く 家に戻ろうと/城壁の側を通ったとき/胸の上に/それはそれは重い石が落ちてきました」と、不思議な答え方をする。知らなかったこととはいえ、実の兄と結ばれた罪を、このように比喩的に表現しているのである。同じ比喩でも、これは隠喩(あるいは、暗喩)と呼ばれる高級な例えである。最後は、ジーンの兄の登場。兄は傷ついた妹を後に残して独り先に帰っていたのであろうか、父王たちと同じように階段をゆっくり降りてきた彼は、他の家族のように何故と訊くこともなく(必要もなく)ただ(これもバラッドで定番の)悲しみのあまり息絶えて、「ジーンの腕に抱かれて横たわり/二人は雪のように白くなって死にました」とうたい終わる。ここには、暗い出来事を隠喩的に表現し、「雪のように白くなって」と直喩(あるいは、明喩)的な表現でまとめるという、バラッドの素朴にして優れた修辞法がうかがえるのである。


ひとくちアカデミック情報
比喩:英語の比喩表現 ('figure of speech')には、基本的に直喩 (simile)と暗喩 (metaphor)の二種類がある。直喩は、'like'や 'as'などを用いてはっきりほかのものと比較する修辞法で、解りやすい。'His heart is like stone.' (彼の心は石のようだ)という例え方である。バラッドで多いのはこちらの比喩である。今回の作品の最後で「二人は雪のように白くなって死にました」というのは正にこの例で、原文は 'And they died as white as snaw (=snow).'となっている。他方、'You are my sunshine.'と言えば、それは典型的な暗喩的表現になる。ジーンが出来事を報告するときの「それはそれは重い石が落ちてきました」('O heavy, heavy was the stane (=stone) / That on my breast did fa!')という表現では、実は、「重い石」とは何を言っているのかということが直接的に表現されていないのでわからない。話の流れから、これが冒されたタブーを指していると説明できるだけであり、場合によっては別の解釈が可能かもしれない。伝承バラッドにこのような高級な修辞法がある場合は、それは素朴な民衆のものではなくて誰か編者の手が入っていると考えがちであるが、民衆の表現力が決して低いものではないことについては、すでにGeorge Clinton Densmore Odellの古典的著作Simile and Metaphor in the English and Scottish Ballads (1892; Norwood Editions, 1979)がある。