balladtalk

第71話 粘り勝ち
「根負けした浮気者」 ("The False Lover Won Back", Child 218A)

前話について編者チャイルドが、あそこまで女を侮辱する誇張された表現は、誰か(男に捨てられて?)不幸であった歌い手による挿入ではないかという珍しいコメントを添えていると紹介したが、そのような邪推が生まれるについては、「岩をも通す」一念であったとしてもその「岩」が余りにも陰湿、残忍であったらばこそであろう。女の一途な気持ちが男の気持ちを変えたことそのものは前回の作品と同じであるが、今回は誠に明るい、健康的な、ほとんどユーモラスな作品となっている。きれいな女が家の戸口で所在無げにしているところに、元気な若者が通りかかる。女が、「ジョン こんなに朝早くから/いったい どちらにお出かけですか/いそいそとしたご様子からは/どこか遠くにご旅行ですか」とたずねると、ジョンは無愛想に振り向いて「どこに行こうが知ったことか/きれいな女に逢いに行く/おまえよりはるかにきれいな女にさ」と応える。ひどいことを言っているようだが、どこか、若者同士の明るい掛け合いのように聞こえるではないか。女も負けてはいない。「きれいな花咲くこの夏に/裏切りなんかしたからには/雨あられ降る冬にはきっと/お返しするから覚えてらっしゃい」と反発する。チャイルド番号が連続する場合は、編者チャイルドが似通った内容であることを意識して配列していることはかねてより紹介しているが、ここでの台詞は、連続する219A版(第24話で紹介)の第7、8スタンザに類似していることが分かるのである。夏の花をちりばめた衣服を用意して求愛する庭師に対して、女が次の台詞で肘鉄を食らわす件(くだり)である。

Child 218 false lover bt
Arthur Rackham,
from Some British Ballads (1919).

「さようなら お若い方/お別れを言うわ さようなら/夏に咲く花々で/私に服をつくってくれたから/私もあなたに一つつくってあげる/冬に降るシャワーでよ/「新雪であなたのスモックを/あなたの体にはぴったりよ/頭は東からの風で飾り/胸は冷たい雨で飾ってあげるわ」作品「庭師」の方はここで歌が終わっているが、こちらはこれからが丁々発止の本番である。女が「あなたがほかの女に振り向けば/わたしもほかの男に振り向きますよ」と言えば、男は「好きなように振り向くさ/おれには選んだ女がいるのだ」と応える。結末から考えるに、別の女がいたかどうかは怪しいようだ。女はスカートの裾をからげて(これは小姓への変装ではなく、第4話「タム・リン」のジャネットと同じく、お転婆娘の表現である)男の後を追い、男は「とっとと帰れ」と繰返す。

最初の町ではブローチと指輪を買ってやって帰らせようとし、次の町ではマフラーと手袋を買ってやる。女はその都度「ああ もう一度 恋人よ/もう一度だけ振り向いて/ああ あんなに愛した仲なのに/もう二度とわたしを愛せないなんて」と、演技力全開の、歯の浮く台詞を繰返すのである。次の町にやってきた時には、男の心はすっかり優しくなったという。「今ではもう 女に負けないくらい/男も女を愛していました」と単純な成り行きであった。さらに次の町にやってきて、ウェディング・ドレスを買ってやり、立派な館の夫人に迎えた、という結論はおまけである。真面目で深刻な場合もあり、陰湿な場合もあり、今回のようにたわい無く明るい場合もありで、バラッドには実に様々な男女の人情の機微がうたわれている、と言えばまとまるだろうか。

ひとくちアカデミック情報
Rackham:  アーサー・ラッカム (Arthur Rackham, 1867- 1939)。ロンドン生まれの英国の水彩、挿絵画家。Rip Van Winkle(1905), Peter Pan in Kensington Gardens(1906), Alice in Wonderland(1907), Mother Goose: The Old Nursery Rhymes (1913)など、数多くの児童向けの作品で知られている。本バラッド・トークでよく利用しているバラッドについては、Some British Ballads(1919)があり、16篇のカラー挿絵を含む36作品を掲載している。日本バラッド協会ホームページ「伝承バラッド挿絵集」(Gallery 3 .. Rackham)参照。http://j-ballad.com/gallery-3-rackham.html