balladtalk

第57話 「兄さんとわたしの子供です」
「青ざめたリズィ」 ("Lizie Wan", Child 51A)

顔青ざめたリズィに父親が「いったいどうしたんだ」と尋ねると、「ああ お父さん お父さん/悲しい理由(わけ)を お話します/お腹(なか)の中に赤ん坊/兄さんとわたしの子供です」とリズィは答える。同じ兄と妹の近親相姦の話でも、ここには婉曲話法は無くて、誠に簡明直截である。

051A lizzie wan bt
陣内敦 作

兄に対してもまったく同じ答え方をする。すると兄が「そのことを 父さんと母さんに話したのか/ぼくのことも話したのか」と尋ね、それに対するリズィの返答は表現されていないが、兄が短剣を抜いて「リズィの首をはね/体を三つに切り裂きました」とあるからには、リズィが正直に即答したことは容易に想像出来る。

ここまでのスピード感に対して、その後の兄と母親の対話の如何にも対照的な緩やかさは何処から来るか。「ジョーディ いったいどうしたの/そんなに息せき切って どうしたの/その青ざめた顔色からは/良くないことをしたのでは」と訊かれて兄は、「お母さん 良くないことをしでかしました/どうか ぼくを赦(ゆる)してください/猟犬(いぬ)の首をはねました/言うことを あんまりきかないものだから」と解答を回避し、続けて母親が「猟犬(いぬ)の血はそんなに赤くない/ああ ジョーディ わたしの息子/その青ざめた顔色からは/良くないことをしたのでは」と畳み掛けて質問する。バラッドに多少なりとも馴染んでいればすぐにピンと来るパターン化された対話である。血のしたたる刀を母親から見咎められた息子が、最初は鷹を殺してきたと答え、「鷹の血はそんなに赤くはない」と否定され、最後に追いつめられて、父親を殺してきたと答える『エドワード』である(第16話参照)。 そこでは続けて臨終口頭遺言という伝統的なパターンが展開する。こちらの歌では口頭遺言は無いが、リズィ殺害を告白した後、これからどうするかと訊かれた息子は「底の無い舟に乗りこんで/海の底までゆきましょう」と答える。死出の旅路の比喩表現であるが、「ぼくはあの舟に乗って行く/海の彼方(かなた)へ行ってしまおう」というエドワードの答えと同じである。いつまた戻ってくるかと訊かれて「太陽と月が芝生の上で踊るとき/その晩 ぼくは戻ってきます」と答えているが、これもまた、永遠に戻ることがないことを伝える伝承バラッドの常套表現('commonplace')の一つである(第44話参照)。

このように、個人の一生や或る集団で発生する(あるいは、発生する可能性のある)事件を核として、それを民衆が共有するパターン化された想像力で物語化するのである。類似のパターンが複数の作品に登場するのは、そういう理由からであり、 そのことが伝承バラッドの匿名性の中心にあって、職業詩人の個性的な表現と一線を画すものである。後者には無い、「簡潔にして力強さ」('brevity and strength' – Edwin Muir)を持った想像力である。

ひとくちアカデミック情報:
常套表現:  commonplace.  'commonplace'という語を辞書でみると、形容詞では「ありふれた、平凡な、個性の無い、陳腐な、つまらない」、名詞では「陳腐で、つまらない文句」といった、いずれも否定的なニュアンスで使われる言葉である。しかし、バラッドを説明する場合の'commonplace'は決して否定的なものではなくて、上の本文で述べているように、伝承の世界での独特の想像力を表現するものなのである。その例を挙げてゆけば切りが無いが、バラッドにおける語りの特性を理解する窓口として2、3の例を紹介しておこう。
 死者(=亡霊)が生きている者のところに戻ってきたりして事件が起こるのは夜半と決まっているが、その表現は「鐘が鳴りミサがうたわれ/人々が皆寝静まった時」("Whan bells were rung, an mass was sung, A wat a' man to bed were gone")となる ('Sweet William's Ghost' 77B, 'Lord Thomas and Fair Annet', 73Fなど)。王様からの手紙に一喜一憂し、一介の船乗りの運命を急変させる 'Sir Patrick Spens'の名場面は余りにも有名だが ("The first line that Sir Patrick red, / A loud lauch lauched he; / The next line that Sir Patrick red, / The teir blinded his ee", 58A)、同じ表現は'Lord Derwentwater' 208Aその他にも。チャイルドは、このような常套表現を36種類挙げている (ESPB, V, 474-75)。