balladtalk

第51話 魔女の正体は姉 
「アリスン・グロス」 ("Allison Gross", Child 35) 

アリスン・グロスという「北の国で一番醜い女」が「僕」を誘惑しようとする。 頭を撫で、髪をすき、そっと膝に寝

Child 035 allison gross

From G. B. Smith, ed.,
Illustrated British Ballads, Old and New.  1881.

かせて、「もしもおまえが 恋人になってくれるなら/すてきなものを たくさんあげるわ」と言うのであった。金の花の刺繍ときれいな房の縁飾りのついた真っ赤なマント、襟に真珠をちりばめた柔らかい絹のシャツ、色あざやかな宝石をちりばめた金のカップ、をやると言う。しかし「僕」は、「あっちへ行け あっちへ行け 醜い女/近寄るな ほっといてくれ/そんな醜い口に くちづけなんかするものか/どんな贈り物をくれたって 真っ平だ」と言って、女の誘惑を拒むのである。すると女は「僕」に呪いをかけて、醜いヘビに変えてしまう。

話がややこしくなるのは、これから先である。ヘビに変えられた「僕」が木の周りを這っていると、土曜の夜ごとに姉さんのメイズリーがやってくる。姉さんは 「僕の頭を膝にのせ/銀のたらいと銀の櫛で僕の髪をすいた」という。何とこれは、冒頭で「北の国で一番醜い女」が「僕」を誘惑しようとする時の行動と同じ ではないか。そして「僕」が、「あんな醜い口にくちづけするくらいなら/木のまわりを這ってたほうが まだましだ」という台詞も、「そんな醜い口に くち づけなんかするものか」という台詞と同じである。

この二点の一致から導かれる結論は、「僕」を誘惑しようとする女が、実は「僕」の姉さんであったということになる。バラッドで数多くうたわれる「近親相姦」というタブーを魔女物語に仕立て損なった(!!!)大変興味深い出来栄えを示している作品なのである。更にこの作品が例外的であるのは、ヘビに変えられていた「僕」が、ハロウィーンの夜に通りかかった妖精の女王の手によって助け上げられて、再び人間の姿に戻されたことである。チャイルド39番『タム・リン』(第4話参照)では、同じハロウィーンの夜に妖精に変えられていた男を人間界に連れ戻したのは勇敢な女、人間の力であった。

編者チャイルドは、類似の話は近いところにまとめるという編集方針であったが、35番の「アリスン・グロス」の次は36番「汚い蛇と海の鯖」("The Laily Worm and the Machrel of the Sea")である。継母に疎まれた姉と弟が魔術で蛇と鯖に姿を変えられたという話であるが、土曜日毎に姉の鯖が蛇に変えられた弟のところにやってきて、銀の櫛で弟の髪を梳き、海水で洗ってやる。そこでは、この振る舞いは近親相姦的な意味ではなくて、不幸な姉弟の絆を保つ行為であった。最後は、事態を知った父親の叱責で継母は弟を元の姿に戻すが、鯖になった姉は人間界への復帰を拒む。そして、継母は火あぶりの刑に処せられる。

ひとくちアカデミック情報魔女:ヨーロッパの俗信で、悪霊と交わって魔力を得た女性(必ずしもすべてが女性ではなくて、「男性の魔女」もいたが)を言い、その超自然的能力によって人間に対して悪事を働き、教会に対して害を与えると考えられたが、これには多分に人為的な意図が秘められていて、中世ヨーロッパの教会史に暗い影を落してきたことはよく知られている。いわゆる「魔女狩り」である(森島恒雄『魔女狩り』岩波新書、1970年、参照)。 しかしながら、文学の世界では、予言によって主人公の運命を左右するシェイクスピアの『マクベス』における三人の魔女から、グリム童話の『ヘンゼルとグレーテル』に至るまで、様々な形で物語を豊かにする題材となっている。バラッドの世界も、そのような豊かな魔女物語の世界の一つなのである。 ‪‬