balladtalk

第50話 魚籠(びく)の獲物は古女房 
「魚篭(びく)の中の大捕り物」 ("The Keach i the Creel", 281A)

前話で女が牧師との間に子供を産んでいたという話を紹介したが、女王であれ聖職者であれ身分高い者が話のネタになる点もバラッドの大きな特徴かも知れない。民衆にとっては、格好な気晴らしになるのである。
 今回の話では、「美男の牧師」が若い娘に一目惚れして、娘の後を付ける。「きれいな娘さん お家はどこですか/どうか私に教えて下さい/もしも今晩 闇夜なら/あなたを訪ねて行きましょう」と大胆である。戸口は厳重に鍵がかけられているから、「たとえあなたが 忍びの達人でも/私の部屋へ 忍び込むのは無理でしょう」と娘は応える。ところが牧師には、忍びの達人の弟がいた。弟は長い梯子を作り、その先に魚篭(びく)をつけて、兄の牧師を中に入れ、サンタクロースよろしく煙突のてっぺんから釣り降ろしたのである。
 目を覚ましていた母親が娘の部屋での男の話し声を聞きつけ、亭主を起こして様子をさぐりに行かせる。娘は美男の牧師を腕に抱いて、青い服で隠して、それを大きな聖書に見立てて言う。「今ごろ どちらへ お父さん/こんなに遅く なんの用/夕べの祈りの邪魔をされたわ/ああ だけどお祈りは素晴らしかったわ」
 簡単に騙された亭主は、「娘は両腕に 大きな聖書を抱えて/おまえとわしのために 祈っていたのだ」と、女房をなじる。寝つけなかった古女房はふたたび話し声を聞いて、今度は自分で確かめに行く。ところが、運悪く例の魚篭(びく)につまずいて足を取られ、中に倒れ込んでしまう。煙突のてっぺんで待機していた弟は、御用の済んだ兄貴のお帰りとばかりに、素早くロープを引き上げる。「助けて 助けて」と女房は叫び、「誰かが私をさらって

Child 281A
陣内敦作

行くのよ」と亭主に訴える。すると亭主は、喜んで提供しようと言うのであった。中身を知った弟は、ロープを上げたり下げたり、しつこく繰返した挙句、最後はドスンと下に落してしまう。歌の最後で「青い服 きれいなきれいな青い服/青い服に 幸いあれ」とは、聖職者の纏う服を指すが、要するに夜這いに成功した牧師を称えているのである。そして、「自分の娘に嫉妬する古女房たちよ/魚篭(びく)の中で 陽気に騒ぐがよい」というのが、この歌の結論である。

伝承バラッドには特に「ボシー・バラッド」と呼ばれる一連の歌がある。 'bothy'とはスコットランド方言で、小屋、特にスコットランド北部の農場労働者用の夏場の宿舎を言うが、そこでは、未婚の男たちが昼間の苛酷な仕事が終わった夜の暇つぶしに結構卑猥な歌をうたって鬱憤を晴らしていた。助けを求める女房に「こそ泥が おまえを捕まえたのなら/そのまま獲物を 持っていてもらおう/おまえは 冬の夜長を片時も/わしを眠らせないからな」と亭主が言う下りがあるが、北国の冬の夜長に、他にすることとて無い夫婦にとって肉体の交わりは唯一の楽しみかも知れないが、女の貪欲さにうんざりしている男の立場に立ったユーモア溢れる歌なのである。彼らも、廃れ行く伝承バラッドの貴重 な担い手だった。


ひとくちアカデミック情報「ボシー・バラッド」:bothy ballad.「歌の箱」でこれをうたうEwan MacColl (本名、James Henry Miller, 1915 – 1989)は、1961年にPeggy Seegerとアルバム"Bothy Ballads of Scotland"を出した。スコットランド研究所(第17話参照)が1975年に『スコットランドの伝統』(Scottish Tradition)というレコード・シリーズ全6巻(London: Tangent Records)を 刊行しているが、その中の第1巻 も"Bothy Ballads: Music From the North East"というものであった。なお、スコットランド北東部のいにしえの農場労働風景の貴重な写真集をYouTubeで見ることができる。Bothy Ballad and photos from old farming days of North-East Scotland http://www.youtube.com/watch?v=LOOkJeyLGyA ‪‬