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第36話 告発する小鳥のさえずり 
『きれいな小鳥』("The Bonny Birdy", Child 82)

前話における大鷹の務めは単なる恋のメッセンジャー役であったが、バラッドに登場する鳥たちの役割も実に様々で、物語を豊かにする上で大いに貢献している。 先の第14話(「忠義もあり、不忠もあり、の物語」)では、死んだ騎士への忠義をめぐって、残されたものたちの相反する姿を観察する「三羽のカラス」と 「二羽のからす」を紹介した。今回登場する小鳥は「きれいな」('bonny')という形容辞にもかかわらず、不当な扱いをする飼主への復讐の告げ口をするという、したたかな鳥である。

草原で馬を駆っていた騎士のところに「きれいな小鳥」('a bonny birdy')がやって来て、「早く 早く 高貴な騎士よ/何をのんびりしているの/城で何が起っているのか知ったなら/きっと青くなるでしょう」と語りかける。城には自分に忠義を尽くす家来の者たちと従順な妻がいるのに、何もあわてて戻ることはないと騎士が応えると、小鳥は「嘘です 嘘です 高貴なお方 /それはとんだ的外れ/奥方様は騎士を抱いておいでです/あなたよりもいたくお気に入り」と言うではないか。そんなことがある筈は無いと激怒するが、小鳥は、奥方様が自分に優しくしてくれないこと、ひどい折檻をすることを、次のように言って、告発する。「やわらかな白パンと 牛のミルクなど/くれたためしはありません/細くやわらかな夏モミの若枝で/たびたびひどく打たれました/いわれたとおりに 大切にされていたならば/奥方様の秘密を もらそうなんて思わない」

Child 082 bonny birdy
陣内敦作

告発を受けた騎士は飛ぶように馬を駆って城に戻り、妻を寝取った男を刺し殺す。妻の姦通を告発する小鳥を「小姓」に置き換えれば、話は第31話(「浮気はやがて純愛に!?」)に紹介した『リトル・マスグレイブとバーナード夫人』("Little Musgrave and Lady Barnard", Child 81A )に似ていることがすぐに分かろう。チャイルドは両者を81番と82番に配置して、イングランドのバラッド『リトル・マスグレイブとバーナード夫人』に対応するものとしてスコットランドのバラッド『きれいな小鳥』を紹介しているのである。両者の話の内容を比較すれば、教会でのマスグレイブとバーナード夫人 の出会いから始まって、浮気の現場での夫と浮気相手の決闘、バセティックな終演に至るまで、喜劇的講談口調の物語内容では圧倒的にイングランドの歌に軍配が上がることは否定できまい。しかし、スコットランドのバラッドには、イングランドの方には無い巧みな技法として、小鳥のさえずりが「繰返し」 ('burden')として活用されている。「ディドル」('diddle')は鳥のさえずりの擬声音だが、出だしのところで、「朝日よ昇れ ディドル /いっときも早く朝日よ昇れ ディドル/朝日が昇れば おいとまできる/ぐずぐずしてはおれない身 ディドル」とはいったい何を言っているのか、聴衆 (読者)は不可解に思うだろう。第10連で、騎士が城に戻り、馬から降りて、「小鳥は高い木に止まり/楽しそうにさえずりました」と語られ、続く4連は場面変わって部屋の中での奥方と浮気相手の会話が展開するが、第11連目で、出だしの小鳥のさえずりが繰返されて、これが奥方を寝取った男のセリフ(=気持ち)であったことが分かってくるように仕組まれているのである。「どうして朝日よ昇れと願うのですか ディドル/おいとましたいと願うのですか ディドル/・・・/あなたは私に抱かれているというのに/どうして朝日よ昇れと願うのですか」と迫る奥方のセリフの間にも小鳥のさえずりが繰返される。第14連 (「朝日よ昇れ ディドル/いっときも早く朝日よ昇れ ディドル/他人の妻を寝取った男が/ぐずぐずできるはずがない」 ディドル;下線筆者)ではバラッドの優れて伝統的な技法としての「漸増的繰返し」('incremental repetition';下線部分が変化したところ)を導入して、事件を突き放した小鳥の冷ややかな気持ちを巧みに挿入している。あせる男の気持ち(独白)を小鳥のさえずりとして冒頭に持ってくることで、真相を知り、事件を俯瞰している小鳥の存在を強調し、それによって、イングランド版とは違った、この歌独自のダイナミックな奥行きを生んでいると言えよう。ここでの小鳥は、告発者としての事件への積極的な関わりと、「さえずり」を技法として織り込んだ二重の仕事を果たしているのである。

「歌の箱」に紹介しているスティーライ・スパン(Steeleye Span)の歌でも、6分15秒の中に繰返される小鳥のさえずりが、徐々に一種の呪術的効果を高めてゆくように感じられるのは筆者だけだろうか。

ひとくちアカデミック情報:  スティーライ・スパン: Steeleye Span. イギリスのフォークロック・バンド。1970年にデビュー。イギリスの伝承音楽にエレクトリックギターを取り入れ、メンバー・チェンジを繰り返しながらも、現役バンドとして活動中。1970年のファースト・アルバム Hark! The Village Wait 収録の "Twa Corbies" (Child 26)に始まって、Please to See the King(1971)における"False Knight on The Road" (Child 3)、Now We Are Six(1974)における "Thomas the Rhymer" (Child 37)等々、出版されたことごとくのアルバムに伝承バラッドが収録されている。今回の"Bonny Birdy"はHorkstow Grange(1998)に収録された。詳細は、下記ホーム・ページ参照。 http://steeleye.freeservers.com/