第26話 「飛ばずにすんだ わたしの肩掛け」
『妖精の騎士』("The Elfin Knight", Child 2A)

Child 002A elfin knight bt
陣内敦 作

妖精の騎士がむこうの丘で、角笛を大きく高く吹き鳴らしている。娘は、「あの角笛を この胸に/・・・/あの騎士を この両腕に抱きしめたい」とつぶやく。すると、瞬く間に騎士が娘のベッドにやって来て、「まだ若すぎる 娘さん/結婚なんて早すぎる」と忠告すると、娘は「年下のくせに 妹は/昨日 結婚したばかり」と応じる。妹が自分より先に結婚したことで、焦っているのか。ここで妖精の騎士が、「ぼくと結婚したいなら/ぼくのお願い きけますか」と言って、「シャツを一 枚作ること/切ったり縫ったりしないこと」、おまけに、「ナイフもハサミも使わずに/針も糸も使わずに」という難題をふっかける。挑発に乗った娘は、もはや、結婚願望そっちのけに「あなたのお願い きいたなら/わたしのお願い きいてちょうだい」と反撃に転じる。海のむこうに持っている肥えた草地をあなたの角笛で耕して、麦の種をまいてちょうだい、と言う。後はもう、「石と糊で荷車作って/赤胸コマドリに引かせてよ/・・・/「ねずみの穴に取入れ蓄え/靴底で脱穀してちょうだい/・・・/「手のひらで風を送って もみがら払い/・・・/手袋に詰めてちょうだい/・・・/「海を渡って 取れた麦を持って来て /濡らさないよう持って来て」と、収穫した麦をめぐって騎士よりも随分としつこい無理難題のオンパレードである。そして最後に、「みんなうまくやれたなら /そしたら シャツを渡しましょう」と締め括る。

1行目と2行目の後ろに二種類のリフレインが挿入されており、最初の「バ バ バ リ リィ バ」というのは、特別な意味は無くて、ただの調子のためのものであろうが、二番目の「わたしの肩掛け飛んでった」というリフレインは、明らかに意味を持っているようである。肩掛けはスコットランドの民族衣装で、正装の時に肩から下げて用いるものであるが、この歌では貞節の暗示が込められている。そのことが判るのは、娘の逆襲を受けた後の二人のセリフである。妖精の騎士の最後のセリフとリフレインは、「手放すものか ぼくの肩掛け/バ バ バ リリィ  バ/七人の子と妻に掛ける だいじな肩掛け」/風よ飛ばすな わたしの肩掛け」であり、それを受けて娘は、「「だったら 処女は守るわよ/バ バ バ  リリィ バ/「あなたはどうぞ ご勝手に」/飛ばずにすんだ わたしの肩掛け」とうたって、ふたりの探り合いは終わる。

難問を掛け合うことでお互いにひとときの浮気心の危険を回避する、これは一種の謎解き問答歌に属するもので、前話のチャイルド1番『謎解き』と共通することは明らかであろう。吉行淳之介が喜びそうな男女の掛け合いであるが、実は、吉行を持ち出さなくても、この歌はある時期日本(のみならず世界)のフォーク・フアンを熱狂させた。バラッドなんて知らないと言う人も、サイモンとガーファンクルがうたう「スカボロー・フェア」は良く知っているという人は多い。これがイギリスの伝承歌を元にしたものであることも、今日ではよく知られているが、その元歌がどのようなものであるかは必ずしも知られていないのである。

ひとくちアカデミック情報
「スカボロー・フェア」: チャイルド番「妖精の騎士」の補注でチャイルドは、ノーザンバランド地方で「ナーサリー・バラッド」としてうたわれていた「ウィティンジャム・フェア」と 題する歌を紹介しているが、さらにその異版として、1884年に採録した「スカーバラ・フェア」を紹介している。2003年再版の『英蘇バラッド集』では、北ヨークシャ州東部の漁港ウィトビーの漁師から1891年に採録した「スカーバラ・フェア」が補注に掲載されている。スカーバラも北ヨークシャ州東部の北海に臨む漁港であるが、地名が歌い手によって違ってくるのは伝承歌の特徴である。「パセリ セージ ローズマリー タイム」("Parsley, sage, rosemary and thyme")というリフレインと、縫い目も針目も無いようなシャツを作ってくれたら恋人にしよう云々といった内容は両者共通であり、サイモンとガーファンクルの歌とも勿論共通しており、これら三者が同じ根から生まれたものであることは疑えない。 それらはいずれも、チャイルドでは1810年の『ガマー・ガートン詞華集』(Gammer Gurton’s Garland)から採った版に近い。チャイルドにおいて複数の異版がある場合は、一応もっとも古くて信頼性の高いものをA版としており、ここに採用したA版は1670年頃に書かれたとされるブロードサイド・バラッドである。

  

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