第8話 浮気は白(しら)を切ることが肝要なり!?
『間抜けな亭主』("Our Goodman", Child 274A)

留守中に浮気をしていたところに亭主が戻ってくる。見かけない馬がいるので、「この馬が どうしてここに/わしの許しも受けないで」と女房に訊くと、「間抜けな人ね/よく見てごらん/おっかさんが贈ってくれた/でっかい雌豚じゃない」と女房は答える。背中に鞍を乗せた豚など今まで見たこともない、と亭主は不思議に思う。以下、同じパターンで、見たこともない「ジャックブーツ」(漁師などが用いた膝上まである長靴、また、17~18世紀に騎兵隊が着用した厚革のブーツもこう呼んだ)に対しては「でっかい水差し」と言われ、「剣」には「オートミールのまぜ棒」と、「白粉(おしろい)ついたカツラ」には「卵を抱いた雌鶏(めんどり)」と、「大きな上着」には「毛布」と言いくるめられ、とうとう最後に「間抜けな亭主が奥の部屋に入ってゆくと/がっしりとした男がいました」となる。 「いったいこれは どういうわけで/この男が どうしてここに/わしの許しも受けないで」と迫ると、「あき盲(めくら)ね/よく見てごらん/おっかさんが寄こしてくれた/新しい乳搾り(ちちしぼり)の娘じゃない」と言われる。「いままであちこち出かけていって/いろんな地方(くに)をみてきたが/あごひげ生(は)やした娘など/まったく見たこともない」という落ちで、歌は終わる。

Child 274A our good man
陣内敦作



口髭や顎髭の濃い北欧女性をよく見かけていた筆者としてはこの落ちには同意しかねるが、1960年代のアメリカで、当時全盛を誇っていた『プレイボーイ』誌(月刊男性誌)に載っていた忘れがたい一コマ漫画があった。男とベッドイン最中に戻ってきた亭主に逃れようもない現場を押さえられた女が、「仕事のし過ぎで目が疲れているのよ、あなたの留守の寂しさを紛らわすための人形でしょう」と答える場面である。流石に大人の国アメリカだと、大いに感動したものだが、今思うに、発想の出所はこのバラッドだったに違いない。A版はDavid Herdが蒐集出版したAncient and Modern Scottish Songs (1776, II, 172-75)のマニュスクリプトから採ったものだが、「ベッドには三人の男がもぐっていました」とうたわれるブロードサイド版のB版("The Merry Cuckold and Kind Wife")は、1789年にドイツ語に訳され、瞬く間に北欧各国、ハンガリーなどに伝播していったそうである。今回の「歌の箱」でうたうアイルランドのフォークバンドThe Dubliners(1962年結成)がうたう"Seven Drunken Nights"は、彼らの代表的なヒット曲の一つであるが、このようにタイトルも内容も今風に変化していながら、これが『間抜けな亭主』の変奏であることは、一目して了解できるであろう。彼らの歌は母国ではカトリック教会に禁じられたそうであるが、イギリスでは大ヒットした。大酒飲みの亭主の酩酊という設定はいかにもアイルランド的(と同時に、スコットランド的であり、イングランド的)であるが、浮気の資格は白(しら)を切れることと教えるこの歌の持つコミックリリーフこそ、閉塞感漂う今日、大いに必要とされているということを学ぶのである。

ひとくちアカデミック情報ブロードサイド:  純粋に口承伝承されてきたバラッドの歴史に大きな転換点をもたらしたのは、15世紀後半に始まる印刷術の発達であった。ウィリアム・キャクストン (William Caxton)がロンドンのウェストミンスターの地にイギリス最初の印刷所を開設したのは1476年であるが、「ブロードシート」 ('broadsheet')と呼ばれる片面刷りの大判紙に歌詞と楽譜を印刷して、路上でうたい、売るという、新しいタイプの「ブロードサイド・バラッ ド」('broadside ballad')と呼ばれるものが生まれた。イギリスで最初の新聞London Gazette(当初はOxford Gazetteといった)が発刊されたのは1665年であり、ブロードサイド・バラッドは、いわば新聞に先駆けてジャーナリスティックで教訓性に満ちた役割を担い、時局の政治的、社会的事件や庶民の日常性溢れるユーモラスな歌の内容が大きな魅力となった。無名の作者たちが生活の糧を求めて、あるいは、あわよくば「詩人」の名声を求めて群がるものとなり、当然、粗雑品も多く、やたらにセンセーショナルな関心を呼ぼうとするものも多数であった。出版物の乱発と悪質化を押えるために1557年にロンドンで「書籍出版業組合」が結成され、以後1911年の著作権法発効まではイギリスにおけるすべての出版物はそこに届け出なければならないことになったが、1560年までにすでに796篇のブロードサイド・バラッドが登録され、1557年から1709年の間に3000篇以上が登録されたという。大英博物館の'Roxburghe Collection'、オックスフォード大学の'Wood Collection'、ケンブリッジ大学の'Pepys Collection'などがこの種のバラッド・コレクションとして有名である。



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