第5話 国境を越えた禁断の愛
『メイズリー』("Lady Maisry", Child 65A)

Child 065A lady maisry
陣内敦作

バラッドで 「北国」と言われる場合、それはスコットランドを指す。メイズリーは、北国の若者たちの憧れの的であった。ありとあらゆる贈り物をし、彼女の父親、母親、 姉や兄にお願いして、何としてでもメイズリーを求めようとするが、彼女は決してうんと言わない。メイズリーにはイングランドの恋人ウィリアムがいて、その上、妊娠していた。その事実を知らされた兄はメイズリーのところに駆けつけ、「公爵だろうと男爵だろうと/だれでもこの領地(くに)に迎えられたはず/選 (よ)りによってイングランドの野良犬をつかまえて/この俺様に恥かかせるとは」と激怒する。きっぱり別れなければ、「命は無いものと 覚悟するのだ」と 宣告される。たとえ命を落してもウィリアムとは別れないと言ったメイズリーは、火あぶりされることになる。メイズリーの使いでこのことを知ったウィリアムが早馬を駆ってかけつける。ウィリアムがあと一マイルと近づいたところからの場面は、さながら映画のクライマックス・シーンを観ている感があり、臨場感溢れる状況説明と台詞が続く。命を賭けて愛を貫く女の迫真の演技である。恋人の馬のいななきが聞こえてくると、メイズリーは兄に「ひどいお兄さん 火をもっと強くして/膝まで届いていませんよ」と言う。手綱が鳴るのが聞こえてくると、「火をもっと強くして/まだまだ 顎まで来ませんよ/・・・/火をもっと強くして/わたしにちゃんと届くよう/ウィリアムが 急いでこちらにやってきます/すぐにも今度は あなたの番よ」と言う。到着したウィリアムに、この手が不自由でなかったら「燃える焔から身をよじり」、お腹の赤子を投げるのに、という反リアリズムの台詞のレトリックは迫力満点である。最後にウィリアムが、メイズリーの供養に、父親も母親も姉も兄も、そして、大切な愛の結晶も火あぶりにして、「最後の焚き火の中に/この俺自身を投げ込もう」と言って終わる。 

中世スコットランドの法律では、未婚の女性が親族に認められない恋愛をして妊った場合には、家系を穢したという理由で火あぶりの刑に処せられた。加えて、スコットランドとイングランドは国境を挟んで敵対する両国である。メイズリーとウィリアムは、二重の意味で禁断の恋をしたのであった。

前話の「ひとくちアカデミック情報」で「ジャネット」という名前が違ったタイプの人物として複数の作品に登場すると紹介したが、実は今回の作品でもチャイルドB版とC版では女の名前はジャネットであり、これをうたうジーン・レッドパスの歌では「ボニー・スージー・クレランド」('Bonnie Susie Cleland')であって、レッドパスはこの歌をチャイルドのI版から採っている。かように伝承バラッドでは、登場人物の名前が歌を象徴する記号として重要ではなくて、その人物が実行する行動を唯一無二なるものとして讃歌するのである。

 

ひとくちアカデミック情報ジーン・レッドパス: Jean Redpath, 1937-2014 . スコットランド・ファイフ州出身で、母親が伝承バラッドをよくうたうという環境の中で育ち、エディンバラ大学スコットランド研究所の学生として、1950年代以降の研究所によるバラッド蒐集活動の中心人物であったヘイミシュ・ヘンダスン(Hamish Henderson, 1919-2002)教授の指導を受けた。卒業後1961年にアメリカに渡ってプロ歌手となる。「神の声」を持つと称えられる彼女のメゾ・ソプラノの美声に乗せたスコットランドの伝承歌が世界中の人々を魅了して止まず、1987年には大英帝国勲章を受けている。

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