第3話 変身は手練手管の恋の技
『二人の魔法使い』("The Twa Magicians", Child 44)

変身は、 第1話で紹介したように現世で結ばれない恋人たちへの美しい讃歌の手段となっている一方で、この世での性的な恋愛遊戯の手段でもあった。『二人の魔法使 い』は煤で真っ黒な鍛冶屋と若い娘の物語。「老いぼれ鍛治屋」が露骨に娘に迫る。長い間守ってきた処女を奪われてはならじと、女は次々と変身して逃げてゆ く。最初はキジバト、次にウナギ、雌のアヒル、野ウサギに。男も女に合わせて変身しながら後を追う。まずはキジバトに、次にニジマス、雄のアヒル、猟犬に。女の変身はここまでは順調に成功を収めているようにみえるが、やがて怪しい様相を帯びてくる。

Child 044 twa magicians
陣内敦作

「それから女は 元気な葦毛(あしげ)の雌馬(うま)になり/むこうの窪地に立ちました/男は 金ぴかの鞍になり/馬の背中に乗りました」— 続いて、女は「真っ赤に焼けた鉄板」になり、男は「パンケーキ」になり、さらに女は「舟に身を変えて/大海原に乗り出し」、男は「船尾に釘を打ち込み」、 最後に女は「絹の肩掛けになり/ベッドいっぱいに」 ひろがって、男は「緑のカバー」になった、とうたわれる。

変身が見事な性的暗示にあふれていることは言うまでもあるまい。いや、むしろ、途中からの変身内容の率直さ、露骨さは驚くべきことであると言えるかも知れない。(第1話で紹介し た亡霊がセックスについて率直に語るのにびっくりしたという感想をお寄せいただいたが、)この作品をもう少し深読みしてみると、女が「元気な葦毛の雌馬」 になるという上に引用した場面だが、「葦毛の馬」(grey mare)と言えば、「葦毛の馬が良馬」(The grey mare is the better horse.)と言い張る妻の強引さに負けて葦毛の雌馬を買わされた男の故事から、夫を尻に敷く女房を意味する。そうすると、実はこの場面から両者の立場の逆転が始まっているのではないか。

変身が始まる直前から登場する「どんなにプライド高くても/老いぼれ鍛治屋が おまえの情夫(おとこ)」という繰り返し(=リフレイン)が最後まで続く。この歌がうたわれている場所を想像してみる。例えば、男だけが集まるパブだとか、山小屋だとか、そこで、皆がよく知っているプライド高い村の娘を笑いの種に、これをうたっている。男の勝ちだ、と全員の溜飲が下がる。しかし、実は途中から、男が女に操られていた。そのことを馬鹿な男どもは気付かない、と女は思い、いや、承知の上で操られてやっているのだ、と男は男の優位を主張する。伝承バラッドには、男を応援する歌、女を褒め讃える歌、の両方がたくさんある。ある歌を取りあげた時、それは不公平だというご意見が出ないように、前もって、どちらの立場もありますよというサンプルとして、今回の作品を取りあげた次第である。

 

ひとくちアカデミック情報変身: 「変身物語」といえばローマの詩人オウィディウス(Publius Ovidius Naso, 43B. C. - ?A. D. 17)の『変身物語』(Metamorphoses) が有名である。ギリシア・ローマ神話の登場人物たちが動物や植物や鉱物など、様々なものに変身してゆく物語である。「ナルシスト」の語源になった、水に映る自分の姿に恋して死んで、黄色いスイセンになったという美青年ナルキッソスや、彼に恋して失恋し、木霊になったニンフのエコーなどは誰でも知っていよう。愛や憎しみ、嫉妬や呪いなどの極めて人間的な欲望にあふれた神々の物語は、中世文学やシェイクスピアなど、後のヨーロッパ文学に大きな影響と系譜を生み出していった。バラッドの変身物語群も立派にその一翼を担っているのであるが、これがオウィディウスのような一人の優れた詩人によるのではなくて、作者不詳の民衆の中に生まれ、うたい継がれていったことが驚異的である。

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