第95話 バラッドのジャポニズム???
「カラスとカササギ」 ("Crow and Pie", Child 111)

森の中で一人の男と綺麗な娘が出会う。即座に愛の言葉をかけるというのは、今ではイタリア男性の専売特許(?)。すると娘は男をからかって、「カラスが噛み付きますよ」と言う。男の演技はますます熱が入って、「娘さん お願いだから からかわないで/僕は あなたの愛が欲しいだけ/願いがかなえば/一生 優しく尽します」と迫る。娘は頑として拒否を貫き、「いいえ 私はだめ 絶対に/ジェンケン 私はいやよ 絶対に/尻軽な娘だなんて 見損なわないで/カラスが噛み付きますよ いいですか」と言う。ここで二つのことが判明する。すぐ後で「知らない人と付き合うなんてとんでもない」と言っているが、ここで男の名前が出たということは、かねて二人は知り合いだったのである。二つ目は、男が求めているのは娘の体であるということ。男は強引に女の腰を引き寄せて白い頬にキスをする。娘は男を「女たらし」と軽蔑して、「今日は私で 明日は別の人なのよ/カラスが噛み付きますよ いいですか」と繰り返す。その後は淡々と、しかし大胆な性描写が続く。
男は娘の細い腰を抱き 草の上に横たえて

   たっぷり可愛がってやりました
 二度も 三度も 
   男は いっこうに止めようとしません

Child 111 crow and pie bt
陣内敦作

立場入れ替わって、今度は娘が「あなたは 私と寝たのですから/きっと結婚してくれますね」と迫り、男は「さあ どうしたものか 尻軽さん/カササギは もう おまえをついばんだ」と応える。自分を恥ずかしい体にしたのだから、「償いに あなたの財産を分けてくれますね/それが駄目なら ああ 天罰を」と娘は嘆き、強い立場に立った男は「さあ どうしたものか/ほざいても無駄なこと/大半は もう先客に分けてやった/カササギは もう おまえをついばんだ」と、目的を達して居直った色男の優越感に浸るのである。それに続いて娘が「私に子供ができたときのため/あなたのお名前は何 お住まいはどこ」と尋ねる場面になるが、住まいはともかく、名前については上に述べたように「ジェンケン」と知っていた筈である。同じ状況で結ばれた後に、子供ができるかもと案じた娘が相手の名前を尋ね、海の向こうでは色々な名前で呼ばれていた云々と答える『美しい雌鹿』 ("The Bonny Hind", Child 50; 第80話参照)その他の口承バラッドによくある常套表現がここに迷い込んでいるようである。住まいはあちこち、名前も色々、と答えた次に、「娘さんたち どの男にも気を付けたまえ/草の上に 身を投げ出すのは禁物だ/もしそうなったら後悔するよ/カササギが そのとき みんなをついばむから」というセリフは、聴衆に教訓を垂れるブロードサイド・バラッドの形を借用しているのである。
 古来、「利口」「饒舌」「貪欲」な鳥として定評のあるカラスと、「偽善」「無分別」「くだらないおしゃべり」などの象徴的な意味を持つカササギを対決させて、この歌の作者は大いに楽しんでいるようである。編者チャイルドが、この歌は純粋な民衆バラッドではなくて、「便宜上、吟遊詩人の作('minstrel-ballad')とでも呼ぶのがふさわしい種類の作品である」と持って回った言い方の頭注をつけているのは、このように、歯切れの良い男女の掛け合いと、その後の常套表現がいかにも遊離している所為であろう。もちろんこの歌の本領とするところは前半の掛け合いである。上で触れた『美しい雌鹿』や『タム・リン』("Tam Lin", Child 39A; 第4話参照)その他、森での男女の性的場面はバラッドで数多く出会うが、その大半は「出会って、草の上に横たえて、起き上がったら子供ができていて」といった風に、具体的な性行為の描写抜きの、単純化された処理がほとんどである中で、今回の作品は実に率直、単刀直入である。性行為は隠すべきものとされてきたキリスト教文化の中にあって、このような即物的な率直さはどう受け止められてきたのであろうか。唐突かも知れないが私には、この歌に日本の浮世絵春画が重なる。日本の美術品、特に浮世絵版画の熱狂的な収集が始まった19世紀後半、葛飾北斎や喜多川歌麿を含む日本の画家の作品は絶大な影響をヨーロッパに与え、「ジャポニズム」と呼ばれるブームを巻き起こした。日本では文明開化が起こり、浮世絵などの出版物が急速に衰えていく一方で、日本美術はヨーロッパで高い評価を受けたのである。中で、誇張とユーモアを交えてダイレクトに性行為を描く春画の世界も西欧で高く評価されてきたことは、よく知られているところである。イギリスに初めて春画がもたらされたのは1614年だそうであるが、16世紀初頭の写本にあったこの歌「カラスとカササギ」がチャイルドによって世に知られるようになった19世紀後半は奇しくもジャポニズムの隆盛と重なり、おおらかで健康的な性の楽しみを当時の人々は喝采をもって歓迎しただろうか。もしもそうであったら、道徳教育にうるさかったヴィクトリアニズムに対して、民衆は格好の反抗材料を手にしていたのである。

ひとくちアカデミック情報:
ジャポニズム: ジャポニズム(仏: Japonisme、英: Japonism)とは、フランスを中心とした19世紀ヨーロッパでの日本趣味、特に日本美術に対する高い関心を言う。春画を優れた絵画として高く評価したのは美術評論家ジュール・ド・ゴンクール(Jules Huot de Goncourt、1830 – 70)であり、後のロートレック(Henri de Toulouse-Lautrec, 1864-1901)やピカソ(Pablo Ruiz Picasso, 1881〜1973)といった画家たちに影響を与えたと言われている。大英博物館にも春画は300点近く所蔵されており、2013年に同博物館で開催された春画展(「春画 - 日本美術における性とたのしみ(Shunga sex and pleasure in Japanese art)」)は大きな反響を呼んだ。
 ちなみに、チャイルドが出典とした一つは16世紀初頭のRawlinson MS(Oxford大学Bodleian Library)、今一つはJames Orchard Halliwell(1820−89)のNugæ Poeticæ :Select Pieces of Old English Popular Poetry (1844)であった。



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