第91話 合流する物語の大河
「オルフェオ王」 ("King Orfeo", Child 19A)

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陣内敦作

「東の国には王さまがおりました/・・・/西の国には乙女がおりました」と始まった後は話が飛び、次のスタンザでは二人は結婚していて、妃の名前はイザベルである。ある日、愛する妻イザベルを後に残して王様が狩りに出かける。「ああ 王さまがお出かけになったばっかりに/・・・/恐ろしいことが起きました」と話が進む。「スコーワンの森は緑/・・・/そこは緑が絶えないところ」というリフレインは、「スコーワン」という地名(?)は不明ながら、「緑」が繰り返し強調されて、妖精との出会いを予感させる(「緑」が一般的に妖精色と言われていることについては第13話参照)。案の定、妖精の国の王がイザベルの心臓を射抜いて、連れ去ってしまう。その後、王様は妖精の後を追うが、「妖精の丘は灰色の石があるばかり」で、妻を見つけることができない。そこで王様は笛を取り出して、最初は悲しい調べを、それから陽気な調べを吹くと、その笛の音に誘われて妖精たちが現われる。彼らは、「わしらの館(やかた)に来るがよい/・・・/わしらの仲間になるがよい」と王様を誘う。妖精の国に行っても王様は笛を取り出して吹くのだが、「心は嘆きと悲しみでいっぱい」だった。笛のお礼に、欲しいものを言うがいいと言われて王様は、愛するイザベルを求めると、「「恋人を連れて 故郷(くに)に帰るがよい/すべての領地を支配する王になるがよい」と快諾を得る。かくして王様は妃を連れて故郷に帰り、王としての務めを全うしたのであった。

チャイルドの頭注によれば、1880年にこの歌をエドモンストン(Mr Edmondston)何某(なにがし)から入手しているが、その人物(あるいは、これをうたったシェトランドの老人)の記憶が欠けていた所為で話が飛んでいる箇所も多く、まとまりと迫力に欠ける感は否めない。ただ、この作品のレゾンデートル(raison d'être, 存在理由)は、タイトルから容易に二つのことを思い起こすことである。一つは、ギリシャ神話の竪琴の名手オルペウス(あるいは、オルフェウス:Orpheus)。毒蛇にかまれて死んだ妻エウリュディケー (Eurydike)を取り戻すために冥界に行き、彼の弾く竪琴の哀切な音色で冥界の王ハーデース(Hādēs)とその妃ペルセポネー (Persephonē)の心をとらえる。竪琴を奏でて妻の返還を求め、ハーデースは、「冥界から抜け出すまでの間、決して後ろを振り返ってはならない」という条件を付けて、エウリュディケーをオルペウスの後ろに従わせて帰還を許す。目の前に光が見え、冥界からあと一歩で抜け出すというところで、不安に駆られたオルペウスは後ろを振り向いて妻の姿を見たが、それが最後の別れとなったという話で、古来、文学のみならず西洋の絵画・音楽の各方面に想像豊かな題材を提供してきた神話である。

この神話では、最終的に妻を取り戻すことができないという悲劇になっているのだが、今回の作品「オルフェオ王」では、見てきたように最後はめでたしめでたしの結末である。この点は実は、中世イギリスの吟遊詩人によって語り伝えられたロマンス『サー・オルフェオ』(Sir Orfeo)と同じである。ギリシャ神話やローマ神話などを題材とした中世の物語群の一つであるが、バラッドで王様の妻が死んで冥界に行ったのではなくて妖精の国に連れ去られたという設定そのものがこのロマンスをベースにしたものであった。そしてそれは、いわゆる「ケルト的世界」だったのであり、このバラッド「オルフェオ王」がシェトランド島の老人によってうたわれたことから「シェトランド・バラッド」とも言われる所以である。

このように見てくると、伝承バラッドには実に様々な要素が混入していることが判るのである。ギリシャ神話が、そして中世のロマンスが、一体どのようにして民衆の歌の中に取り込まれていったのかということは、永遠に解明不可能であろう。かつて私は、うたわれ方という視点から、純粋に口承伝承の大河から印刷術の登場によるブロードサイド・バラッドという新たな支流、更には詩人による模倣という更なる支流が生まれたという比喩表現で伝承バラッドの歴史を説明したことがあるが(『バラッド鑑賞』開文社出版, 1988参照)、歌の内容という点からみても、日常生活の中での事件や迷信、信仰、空想、歴史的事件、今回のような過去の神話や伝説、ロマンス作品群等々、様々な題材が生息している、驚くべき想像の大河なのである。西洋文学の古典に精通している筈の(日本の)英文学者の中に、「バラッド」あるいは 「フォーク」('folk') という概念を下等なものと見做す者がいるのは、論外であると言わざるをえないのである。

ひとくちアカデミック情報
「スコーワンの森は緑/・・・/そこは緑が絶えないところ」というリフレイン:原文は、'Scowan ürla grün/Whar giorten han grün oarlac'であり、翻訳は一応このように意訳しているが、スカンディナヴィア語群と呼ばれる「北欧語」で、その意味はこれをうたった老人にも不明だっただろうとチャイルドは明記している。その前提の上で前者は一応、シェトランド諸島でも最北のアンスト島 (Unst)で使われていた言葉で 'Early green 's the wood'(森ははや[早]新緑)の意味ではないかと類推し、後者については完全に不明とした上で、デンマークの民俗学者でバラッドの収集と編集を行ったスヴェン・グルントヴィ (Svend Grundtvig, 1824-83)が、'Where the hart goes yearly'(雄ジカが今年も跳ね回る)という読みの可能性を示唆してくれたとチャイルドは紹介している。

 

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