第83話 負けてこそリーダー?
「ロビン・フッドと皮なめし屋」 ("Robin Hood and the Tanner", Child 126A)


ロビンフッド・バラッドの世界の基本的な紹介はすでに第30話のところで済ませているので繰り返さない。ここからしばらくはロビン・フッドの物語そのものを楽しんでゆこう。

ノッティンガムに皮なめし屋(牛や鹿など、動物の毛皮をなめして靴などの製品を作る仕事をする者)のアーサー・ア・ブランドという男がいた。「長い槍の柄を肩に担いで/颯爽と 道を行き」、天下無敵の強者である。ある日のこと、鹿狩りにシャーウッドの森に行き、ロビン・フッドと出会うことになる。ロビンはからかい気分で「止まれ」と命じ、「俺はここの森番だ/… / 駆け巡る鹿の見張りとして/おまえを入れるわけにはいかぬ」と言うが、相手はまるで聞く耳を持たない。アーサーが手にするオークの枝に合わせて、ロビンも硬くて丈夫なオークの枝を手にする。ここでロビンが「ひと勝負する前に/武器の長さを測らせてくれ/おまえのより長い武器など持って/卑怯者呼ばわりされるのはご免だ」と申し出るのである。この手の「ベイソス」(bathos)は、第31話 (『リトル・マスグレイブとバーナード夫人』("Little Musgrave and Lady Barnard", Child 81A)でも紹介の通りであるが、「長さなどどうでもよい」(15スタンザ)と応えるアーサーが「快男児アーサー」と表現されていることに注目(以下、第27スタンザでも)。出だしの第3スタンザで「シャーウッドの森に行くと/快男児ロビンに会いました」とあるごとく、元来この「快男児」という呼称はロビン・フッドに付けられていたものである。原文の'bold Robin Hood'、 'bold Arthur' の訳語である。すなわち、「恐れを知らぬ、大胆な」という形容詞はロビン・フッドにこそふさわしいものであったところ、2時間に及ぶ激しい決闘の後、「手を止めろ」と中止を申し出たのはロビン・フッドの方であった。そして、負けたロビンが相手に「陽気なシャーウッドの森の中で/これからおまえは自由に振舞え」と言う。二人は仲直りし、ロビンは自分がロビン・フッドであることを名乗り、アーサーに、一緒に森で暮らそうと提案する。相手がロビン・フッドであることを知ったアーサーは握手を交わし、「ずっと共に暮らしてゆこう」と応じる。ここでアーサーは、自分がリトル・ジョンと血縁の者だと言い、ロビン・フッドは角笛を吹いてリトル・ジョンを呼び寄せる。お頭(かしら)が目の前の男に負けたと知ったリトル・ジョンは、自分が復讐しようとするが、ロビンに止められて、相手はお前の縁者だそうだと伝える。あとは三人手をとって、オークの木のまわりでうたい踊るのであった、という話。

ロビン・フッドが悪代官や聖職者たちの悪を懲らしめ、金を巻き上げる、単なる義賊で会ったら、このように長い年月、しかもイギリスにとどまらず世界各地で愛され続ける存在にはなれなかったかも知れない。

Child 126 robin hood and tanner f のコヒー
陣内敦作

リトル・ジョンと出会った時もそうであったが、ロビンは決して無敵の王者ではない。よく負けるのである。にもかかわらず、ロビンを負かした相手が最後はロビンの仲間に加わる。金持ちから巻き上げた金を社会福祉に使うのではなく、森でのどんちゃん騒ぎに使ってしまう。このようなロビンのために、いざという時にはいつでも馳せ参じる300名の部下がいる。そこには、体制を脱して自由を謳歌できる「森」の世界がある。人間の住む世界が、森を切り開いて「文明化」してゆく時、そこには必ず体制を維持するための権力が生まれ、それによって一人一人の人間の自由を拘束することが必然的に生まれてくる。多くの部下を率いる森の王者ロビン・フッドが無敵であれば必ず彼の力も権力化していっただろう。そのことを熟知した上で敢えて負けているのであれば、それこそが理想的なリーダーであろうが、果たしてそのような人物が今までいただろうか。ロビン・フッドの人気の秘密は、この永遠に現実化することの無い理想像にあるのかもしれない。

ひとくちアカデミック情報
「快男児」: この呼称が二人の人物に同時に使われているのがChild 132番 "The Bold Pedlar and Robin Hood"である。第1スタンザで "There chanced to be a pedlar bold, / A pedlar bold he chanced to be;"( あるところに勇敢な行商人がおりました/勇敢な行商人がおりました)と始まり、続く第2スタンザで "By chance he met two troublesome blades, / Two troublesome blades they chanced to be; / The one of them was bold Robin Hood, / And the other was Little John so free."( 道中 二人のならず者に会いました/二人のならず者に会いました/ひとりは 快男児ロビン・フッド/もうひとりは 奔放なリトル・ジョン)とある。翻訳では、行商人に付けられた ‘bold’を「勇敢な」と訳し、ロビンの方を「快男児」としているが、行商人の方がロビンよりも強く、しかし勝負の後では仲間に加わり、しかも二人は近縁の者だったという内容は今回の「ロビン・フッドと皮なめし屋」とまったく同じである。このようにパターン化されて、たくさんのロビンフッド・バラッドが残されているのである。なお、このバラッドをSteeleye Spanが 1975年のアルバム  "All Around My Hat." の中でうたっている。 (https://www.youtube.com/watch?v=EHVweChKtbs 参照)