balladtalk

第90話 法で成り立つ市民社会 
「ロビン・フッドと行商人」 ("Robin Hood and the Pedlars", Child 137)


「さあさあ 皆さん お聞きなさい/ロビンとスカロックとジョンの話を/多くの方々を楽しませてきたように/きっと愉快な気分にしてくれましょう」と始まるこの歌であるが、果たして愉快な気分になれるであろうか。

「高貴な血を引く」この三人がシャーウッドの森で三人連れの行商人に出会う。彼らは長いオークの棍棒を手に持ち、荷物を背負って地方の市(いち)に向かうところであった。ロビンは仲間に「背中の荷物の中味を見てやろう」と提案し、「ちょっと一休みして行かれぬか/皆さん長旅でお疲れであろう」と話しかける。「休む必要は無い 先を急ぐ」と言われた途端にロビンの態度は一変、「やいやい 止まれ・・・/ここは俺の土地だ/ここは俺の縄張り・・・/知らなかったとは言わせない/なんと大胆不敵な輩(やから)だ/先を急ぐとは無法者に違いない」と喧嘩をふっかけるのである。返事をすることもなく先を行こうとする彼らにロビンは弓を引き、後ろを行く行商人の荷物を貫く。危うく命を落とすところであった行商人らは荷物を投げ出し、ロビンらを迎え撃つ。「一体何者だ 名乗らなければ/・・・即刻頭をかち割るぞ/それとも 何人がかりでもかかって来るか/名乗るか勝負か どちらか選べ」と、完全にヤクザの言いがかりである。行商人の一人が躍りかかるとロビンの弓が砕け、スカロックとジョンも他の二人に苦戦する。同じ棍棒を武器にしてやり直そうと提案するロビンらであるが、行商人らの棍棒さばきは自由自在、とうとうロビンはこの闘いを後悔し、猛攻を受けたスカロックもジョンも顔面蒼白になる。ついに、行商人の一人の棍棒がうなりをあげてロビンの頭を一撃し、ロビンは大地に倒れる。「手を止めろ・・・/お頭(かしら)が殺された」と叫ぶリトル・ジョンとスカロック。まさか死んではいないだろうが、行商人の邪魔をしないよう、賢くなるよう学ばせるのだな、と言って行商人は袋の中から取り出したバルサムを与える(「バルサム」とは樹木が分泌する、香りが強く粘度の高い液体を言うが、ここでは傷の治療などに使われる「ペルーバルサム」の類を指すか?)。

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苦しく喘ぐロビンの口に薬を流し込んだ行商人らはその場を立ち去る。ロビンは口に入ったバルサムをいったんは飲み込み、次の瞬間吐き気を催してすっかり吐き出す。スカロックとジョンは、「気を失った頭(かしら)を見守って/ひどい悲しみに打ちひしがれ/両目も髭も 顔中を涙で汚して」いたという。この歌の作者は、「喧嘩を仕掛ける際には ご注意を/相手が手強くないかを確かめましょう/さもなければ ひどい目に遭いますよ」と教訓を垂れるのであった。

この作品は、1850年にジョン・マシュー・ガッチ(John Mathew Gutch, 1776-1861)によって編集出版されたロビンフッド・バラッド詞花集に収められているが、一部はすでに1650年頃には書かれていたブロードサイド・バラッドのコピーであろうとチャイルドは推測している(この歌の頭注参照)。かつての栄光の面影の欠片も無く卑小化仕切ったロビンら一味であるが、マーティン・パーカーの作で1632年に版権登録された『ロビン・フッドの真実の物語』 ("A True Tale of Robin Hood"; チャイルドが一連のロビンフッド・バラッドの最後154番として配したもの)の中でパーカーは、「我々にとって こんな話は/荒唐無稽なものでしょう/こんな大胆不敵な輩(やから)はもはやいません/時代は変わってしまったのです/市民政治で成り立つ/現代に住む我々は/必要とあれば 無法者を防ぐ/百もの方法を知っています」(108-09スタンザ)とはっきりと書いているのである。ロビンフッド伝説の命運を通して人類の歴史の古今を端的に表現しきった言葉と言えよう。

ひとくちアカデミック情報
マーティン・パーカー: Martin Parker (c. 1600 – c. 1656). 17世紀に活躍したイングランドのバラッド業者 (ballad-monger)。ドライデン(John Dryden,1631-1700)はパーカーを、当時の最高のバラッド作者と評している。本来の口承バラッドは詠み人知らずを前提としているが、ブロードサイド・バラッドの登場によって、自らバラッドを作り、売りさばくという商売が繁盛するようになったのである。パーカーも‘M.P.’というイニシャルで様々な作品を書いた。上に紹介したロビンフッド・バラッドの他に、イングランド内戦(the English Civil War, 1642-46, 1648-51)を題材としたもの、あるいは海洋もの ("Sailors for my Money")などがある。

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