第75話 魔女より酷い継母
「ケンピオン」 ("Kemp Owyne", Child 34B)

今回の主人公ケンプ・オウィン(Kemp Owyne= ケンピオンKempion)ことイウェイン(= Ywain)もアーサー王伝説に登場する円卓の騎士の一人であるが、前話と違って、苦境の女性を助けるという騎士本来の役割を果たす歌である。合わせて、「女より悪いものは悪魔」(第25話参照)だとか、「悪魔も手に負えない古女房」(第11話参照)だとか、バラッドにはなかなか含蓄のある比喩が結構多いが、今回は、魔女より酷い継母(ままはは)の話である。

継母にいじめられたシンデレラは魔法の力できれいなドレスと靴の準備が出来て舞踏会に行き、王子に出会い、最終的に妃として迎えられるが、このバラッドでは子供に対する意地悪の手段として継母が娘に呪いをかけるも、最後は王子に救い出され、恋人として迎えられる話である。「醜い化け物」にされた娘はイースト ムアの暗い岩場に閉じ込められ、「王子ケンピオンが現れて/おまえに三度キスをするまでは/呪いが解けることはない」と継母に言われる。国に怪物がいるという噂を聞いた王子は、「火を吹く怪物を見に行こう」と、弟のセグラムアと一緒に出かける。

Child 034B kemp owyne
陣内敦 作

船を仕立てて、岩場まで一マイルのところにやって来ると、怪物が真っ赤な火を吐き出している。怪物が怒って火を吹くと陸まで一面火の海になると二人は警戒する。怪物は喚いて、「私はこの洞穴から動かない/おまえたちなど怖くない/王子ケンピオンがやって来て/私に三度キスをするまで」と言う。王子は岩場に身をかがめて、怪物に一度 目、二度目とキスを繰返し、三度目のキスをされた怪物がいったんその場を離れ、再び戻ってきた時には、「見たこともないほどきれいな娘」に変わっていたのである。ケンピオンは娘に、「あなたは紛れもなく私の恋人/あなたをあんな姿に変えたのは/森の狼か/海の魚か/魔法使いか それとも魔女か」とたずねると、「あんな姿に変えたのは私の継母(ままはは)」だと言い、「魔女にも起ったことがない/苦しい災いがありますように/毛むくじゃらになって 歯が伸びて/四つ足の獣になればいい/誰からの哀れみも受けずに/ワーミーの森に住むがいい/聖マンゴーが海を越えて来るまでは/決して魔法が解けることはないでしょう」と、酷い災いがありますようにと呪い返すのであった。

 

ひとくちアカデミック情報
ワーミーの森: Wormie's Wood.  ある土地の呼び名としての地名には、その土地固有の歴史や風土を彷彿させる場合が多いことは洋の東西を問わない。娘がここで「ワーミーの森に住むがいい」と言う場合の「ワーミーの森」(Wormie's Wood)を地図上に特定することはできないが、スコットの版 (Minstrelsy of the Scottish Border)で 'Wormeswood'と表現されていることなどからの類推として、 'worm wood'という言葉が連想される。'worm wood'とはキク科ヨモギ属の多年草「ニガヨモギ」を言うが、ここでワームとは蛇のことで、楽園から追放された蛇が這った跡からこの植物が生えてきたという伝説に由来するという。さすれば、娘の復讐の呪いにぴったりではないか。「聖マンゴー」(St Mungo)は、 六世紀後半のスコットランド西部ストラスクライド王国のキリスト教伝道者で、グラスゴーの設立者であり守護聖人であるが、スコットの版では「聖マンゴーが哀れみをかければ別だが、その日は決して来ないだろう」という2行が付け加えられている。余談ながら、J・K・ローリングの小説『ハリー・ポッター』シリーズに登場する架空の病院、聖マンゴー魔法疾患障害病院(St. Mungo's Hospital for Magical Maladies and Injuries)は、1600年代に有名な癒者(ヒーラー)マンゴ・ボナム(Mungo Bonham)によってロンドンに設立されたという設定であるが、そのエンブレムは聖マンゴーの杖を骨にクロスさせたものであった。

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