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第74話 不貞の暴露
「少年とマント」 ("The Boy and the Mantle", Child 29)

前話では椅子や魔法のシーツなどが「生娘」であるかどうかを暴く小道具であったが、今回の歌では「マント」がその役割を果たす。史上もっとも有名な「不義密通」はアーサー王の妻グィネヴィアと円卓の騎士の中でも最も誉れ高いランスロットの恋かも知れないが、その他の名だたる騎士たちの妻も一様に不貞を暴露されて、夫の面目丸つぶれという喜劇である。(しかしこれは、一方的に女の不貞を責められているというのではなくて、相手方は男性であることを忘れてはならない。)

Child 029 boy and mantle のコヒー
 陣内敦作


話は単純、しかも、いかにもイギリス的なスパイスの効いた(=ブラックユーモア的)な歌である。「知恵も豊かな少年」がイングランド北西部カーライルのアーサー王の宮殿にやってきて、女王グィネヴィアに「きれいなマント」をプレゼントにと言って差し出す。その時少年が付け加えた言葉は、「きっと ぴったりお似合いのはず/一度でも不義をはたらいたご婦人には/合わないマントでございます」 というのである。さっそく波紋が広がり始め、そこに集まっていた騎士たちは、それぞれ己の奥方のことが気になってくるのである。「女王は新しもの好き」 で、すぐにそのマントに近づいてゆくが、「内心はビクビク」だったというから面白い。女王がマントを着ると、「まるで鋏で切ったように/ 上から下までボロボロ」になり、「一瞬 マントの色は赤になり/次の瞬間 緑になり/その次の瞬間 青になり/・・・/それから マントはどす黒くなり/ 汚い色になり」、アーサー王から「誓って/・・・/おまえは貞淑な妻ではないな」と言われてしまう。次は、円卓の騎士ケイである。「奥方よ やましいことがあるのなら/どうかこのまま 近付かないで」と夫に言われたのを振り切ってそのマントを手に取り着てみると、「お尻のあたりが/丸見え」になり、騎士たち皆の笑い物となる。次に、歳とった騎士が(多分同じくらい歳とった)自分の連れ合いにこのマントを試させると、「髪飾りが一本と糸が一本/その身に残っただけ」というから、丸裸になってしまったのであろう。今度は騎士たち皆から「お気の毒に」と同情されてしまう。最後は、円卓の騎士クラドックが妻に、「奥方よ このマントを着てみてくれ/ぼくの妻になってから/不義をはたらいていなければ/これは必ずおまえのもの」と懇願する。奥方がマントを着ると、綺麗なつま先までマントがしわしわになる。クラドックの奥方が犯した罪を告白して、「過ちを犯したのは/本当に一度だけ/それは 緑の木の下で/クラドックにキスしたとき/ふたりが結婚する前に/クラドックにキスしたとき」と言う。すると、「マントは奥方の身に合わせて」元通りにきちんとなる。これは結婚前の出来事であって、「不義」ではないのである。頭に来たグィネヴィア女王がアーサー王に向かって、「純情そうなふりをした/・・・/あの女のベッドから/十五人の情夫(おとこ)が帰るところを目撃したわ/司祭に牧師に女房持ちの男たちが/あの女の寝床からそそくさと/なのに マントを横取りして/純情なふりをするなんて」と喚くと、件(くだん)の少年が、「アーサー王さま 女王さまをお諌(いさ)めください/あまりにもひどいおっしゃりよう/女王さまは鬼婆(ばばあ)/売女(ばいた)も同然/アーサー王さまは 高貴な皆さまの目の前で/かわいそうな寝取られ男」と、思い切ったことを言うものである。その後は、寝取られ男たちを証明するおまけのエピソード。寝取られ男のナイフでは猪の首を刎(は)ねられないと言われて、砥石でナイフを研ぐ者、テーブルの下にナイフを投げ込んで知らぬ顔をする者の中で、件(くだん)のクラドックが見事に猪の首を刎ね、褒美に純金の角笛をもらい、奥方は例のマントをもらい、最後に「こんな素敵な奥方に/神のお恵みがありますように」とうたわれる。

ひとくちアカデミック情報
アーサー王: King Arthur. この歌の原典は、13世紀フランスで書かれた諷刺的な韻文滑稽詩「マントの歌」(Lai du cort mantel=Tale of the Short Mantle)で、 民衆の間でうたい継がれたというよりもプロの吟遊詩人によって貴族の館などでうたわれたものだろうと、チャイルドは頭注で述べている。アーサー王伝説をめぐる歌が吟遊詩人によるものであることは、概ね間違いなさそうであるが、原典があるかどうかということは、実はまったくわからないのである。1136年頃、 ウェールズ人ジェフリー・オブ・モンマス(Geoffrey of Monmouth, c. 1100-55)が『ブリタニア列王史』(Historia Regum Britanniae)の中で初めてアーサー王の生涯をまとまった形で取り上げて以来、中世後期のトマス・マロリー(Sir Thomas Malory, c. 1399 – 1471)によって書かれ、アーサー王の出生にはじまって、円卓の騎士たちの活躍、ランスロットとグィネヴィアの不義、最後の戦い、アーサー王の死までを含む、アーサー王文学の集大成とも言われる『アーサー王の死』(Le Morte d'Arthur)に至るまで、アーサー王伝説は様々な詩人、歴史学者等々によって書かれてきた国民的文学である。そして結論は、単純に、アーサー王そのものが果たして史実に即した存在なのか、あるいは、最初から民間伝承(フォークロア)の架空の英雄だったのかも、結局のところ不明なのである。従って当然、独りクラドックの妻を除いて円卓の騎士の妻たちが全員不義を犯しているかどうか、判る筈も無い。
 ここで大切なのは、イギリス全土いたるところで土地の人々に愛されているアーサー王伝説にまつわる場所があること(例えば、スコットランドの首都エディンバラの街並を見下ろす小高い丘'Arthur's Seat'など)、そして何よりも、今回の「歌の箱」でこれをうたっているシンガーソングライター Allan Taylor (1945 − ) のように、アーサー王伝説にまつわる歌を世界各地でうたい、人々に愛され続けているという現象である。彼が"one of the last of the travelling troubadours"と呼ばれていることは感慨深い。('troubadours'= トルバドゥールとは、もともと、11-13世紀ごろ恋と騎士道をうたった南仏や北イタリアなどの吟遊詩人を指す言葉である。)



原詩(英詩)の箱

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