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第70話 一念岩をも通す
「チャイルド・ウォーターズ」 ("Child Waters", Child 63A)

高視聴率の内に惜しまれて終了したNHKの朝ドラ「マッサン」は一週間単位で格言をテーマに展開しており、第24週(3月16日〜21日)は「一念岩をも通す」であった。今回のわがテーマは、いわばバラッド版「一念岩をも通す」である。

'Child' がバラッドで固有名詞に付けられる場合、身分ある若者を指す一種の称号であることを前話で紹介し、その若者を殺してしまう女の残忍な手段を話題にしたが、今回は、同じ称号の付いた身分ある若者が女をなぶりものにしながら、最後は女の一途な愛に負けてしまうという話である。

チャイルド・ウォーターズが厩(うまや)にいるところに、きれいな娘エレンがやってきて、お腹(なか)であなたの子どもが動いている」と告げると、ウォーターズは「その子がぼくの子どもなら/ほんとうにぼくの子どもなら/チェシアとランカシアを与えよう/だから 子どもはおまえが育ててくれ」と言う。この言いぐさから、男にはこの成り行きが不本意なものであることが明白である。チェシアもランカシアもイングランド北西部の州であるが、言わんとするところは、自分の身分が高くて、広大な土地を自由にできるほど財産がある、何でもくれてやるから子供のことは無いことにせよ、というのである。娘は、財産など要らないから、「わたしにウインクをしてくださいな」と、驚くほど健気な台詞を吐く。するとウォーターズは、 明日遠い北国に戻って「この世で一番の美人を見つけ出し/ぼくの妻にするつもり」だと言う。娘は、小姓になってついて行きたいと申し出る。ドレスの裾を短くし、金髪も短く切って男の子に変装し、ウォーターズの名前を決して口外しないことを条件に、エレンは同行を許される。ウォーターズは馬で駆け、エレンは裸足で走り、馬に乗れとも、靴を履けとも言われない。

Child 063A child waters
陣内 敦 作

身重な身体で駆けることの苦しさを訴えても、深い川を泳いで渡ることも出来ないと訴えても、無駄である。「深い水がエレンの服を浮かばせて/聖母マリアがエレンの顎(あご)を支えました」と、健気なエレンは救われるが、ウォーターズは酷(むご)い男で、エレンが泳ぐのを見てがっかりする。やがて二人は、城門も塔も純金のウォーターズの館に到着する。その後も、館の貴婦人たちが優雅に遊んでいる片方で、小姓のエレンは馬の世話に追いやられる。人々が食事を終えて寝床についた頃、ウォーターズはエレンを部屋に呼んでこう言いつける。「向こうの町へ下りて行き/通りを下り/おまえが見つけた一番の美人を/ぼくの腕で眠らせるよう連れて来い/きれいな足を汚さぬように/腕に抱いて大事に運べ」と。言われた通りに勤めを果たした後、エレンは「ベッドの足元へ入れてください/この館(やかた)には/わたしが眠る部屋がありません」と願い出る。その結果はうたわれていないが、この場面での最も残酷な扱いは、愛する男が別の女を抱いているその足元に眠らされることであったろう。明け方近く叩き起こされたエレンは、馬の世話を命令される。飼い葉桶に背をもたせかけて、エレンの陣痛の苦しみが始まる。呻き声を聞きつけた母親に起こされたウォーターズが厩(うまや)の戸口にやって来ると、エレンの声が聞こえて来る。「わたしの赤ちゃん よしよし ねんね/かわいい赤ちゃん よしよし ねんね/お父さまが王さまだったらいいのにね/母さんは棺(ひつぎ)の台に寝ているけれど」と。最後はあっけなく、「もう止めてくれ きれいなエレン/お願いだ 元気をだして/結婚式と出産感謝式を/これから一緒に挙げてもらおう」と、めでたしめでたしでこの歌は終わる。

A版はパースィのReliques第3巻に収録されたもので、パースィはこの作品の頭注で、 この時代(18世紀中葉)英国北部では'Child'あるいは 'Chield'は一般的に男性に対する呼称の他に、軽蔑すべき男性に対する呼称として使われていたと説明しているが、B版はロバート・ジェイミスン (Robert Jamieson, 1772 – 1844)の'Brown MS'と呼ばれるもので、そこでは作品のタイトルそのものが"Burd Ellen"となっており、歌の主人公は娘の方である。男が馬に乗り、女が後を追って走るという図式はA版と同じであるが、スコットランドの版らしく渡る川の名前がクライド川で、川の途中で娘を馬に乗せてやるという風に、A版のような男の非情は強調されていない。編者チャイルドは、A版のようにあそこまで女を侮辱する誇張された表現は、誰か(男に捨てられて?)不幸であった歌い手による挿入ではないかという、珍しいコメントを添えているが、小姓に変身して幸せをつかむ話そのものは第63話の「イズリントンの役人の娘」や第64話の「小姓になった姫」の歌がそうであったし、どんなに冷たくされても最後は粘り勝ちするということをユーモアとしてうたっている作品もある。その紹介は次回に。

ひとくちアカデミック情報
ロバート・ジェイミスン: Robert Jamieson, 1772 – 1844. スコットランドの古物収集家。1806年に、149篇の伝承バラッドやソングと自身の叙情詩2篇を含むPopular Ballads and Songs, from Tradition, Manuscripts, and Scarce Editions, with Translations of Similar Pieces from the Ancient Danish Languageを出版する。北欧スカンジナビア地方とスコットランドに伝わる民間伝承の深い繋がりを解明した点で、サー・ウォルター・スコットから高く評価された。