第69話 強さの先の残忍さ
「チャイルド・アウレット」 ("Child Owlet", Child 291)

タイトルの「チャイルド」 とは、バラッドで固有名詞に付けられる場合、身分ある若者を指す一種の称号である。ある日、若者アウレットが伯父のロナルド卿の奥様から「私を寝取ってご らん/あの人の土地や牧草地は 全部お前のもの」と誘惑を受ける。アウレットが、「そんなことは あってはなりません」と強く拒否すると、奥様は突然ペンナイフを取り出して自分の躰を傷つけて血を流す。呻き声を聞きつけて駆けつけた夫に夫人は、「あなたの甥の若いチャイルド・アウレットが/たった今 私の部屋から出て行ったわ/私が貞淑な女でなかったら/あの甥(こ)の情婦になるところ」であったと言うのである。たちまち捕らえられたアウレットは頑丈な牢に入れられる。家来の間で処罰の仕方が検討され、ある者は吊し首に、ある者は火あぶりの刑にと言い、中には荒馬に引き裂かすがいいと言う者もいる。結論を下したのは夫人であった。厩(うまや)から四頭の足の速い馬を連れてきて、アウレットの手と足をそれぞれ四頭の馬に縛りつけ、荒野めざして全速力で走らせる。最後は、チャイルド・アウレットのちぎれた肉片と血糊が小枝やピートの土手に飛び散った、と凄惨な荒野の風景が繰返されて歌は終わる。

291 Child Owlet
陣内敦 作

これまで数回にわたって男の弱さ、意気地無さを詰る女をうたう作品を紹介してきた。それは裏返せば、女が強いということである。今回紹介する歌は、その女の強さが過ぎれば残忍さにも至るということの例である。自ら誘っていながら、おのれの欲望が叶えられないと、虚言を弄して相手を陥れ、その上、凄惨極まりないやり方で命を奪ってしまうのである。


しかし私は、女のみが残忍であると言うつもりは毛頭ない。この歌のように四頭の馬に手足をつないで引き裂くという「八つ裂きの刑」は昔から世界各地で行われていた死刑の執行方法の一つである。英語では四等分を意味する 'quartering'という表現が使われ、「四つ裂きの刑」とも言われるが、スコットランド人が忘れないのは、彼らが英雄サー・ウィリアム・ウォレス(Sir William Wallace, ?1270 - 1305)である。第29話で紹介済みであるが、ウオレスは首吊り・内臓抉り・四つ裂きの刑という残虐刑に処せられたのであった。

昨今のテレビでも世界中を震撼させる残忍な殺人場面が繰返し映し出されたりするが、人間というものの持つ普遍的な残虐性を、バラッドは実にうまく物語化しているのである。


ひとくちアカデミック情報
チャイルド:  フランシス・ジェームズ・チャイルド(Francis James Child, 1825 - 96)はアメリカの文献学者で、バラッド研究の礎を築いた巨匠の名前であるが、バラッドの作品で固有名詞の頭に 'Child'と付く場合は、ある種の身分を表す称号である。Cf. OED: Child B I-5. 'A youth of gentle birth: used in ballads, and the like, as a kind of title. arch. When used by modern writers, commonly archaically spelt chylde, or childe, for distinction's sake. 1605 Shakespear Lear III. iv. 187 'Childe Rowland to the darke Tower came.' 1812 Byron (title) Childe Harold. その他の用例。

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