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第62話 バラッドからソングへ
「ジェイミー・ダグラス」 ("Jamie Douglas", Child 204A)

北の国の「名の知れた貴婦人」がダグラス伯と結婚し、最初の息子が生まれたときは、「女の幸せ」を知って、幸福の絶頂だった。しかし、2番目の息子が生まれたとき事態は一変し、もはや彼女は夫から「誠実な女とは信じてもらえない」ことになる。屋敷にやってきた客人ジェイミー・ロックハートと寝たという噂が主人の耳に入る。屋敷にブラックウッドという別の男がやってくるが、どうやらこの男が女主人を陥れた張本人だったのである。彼はロックハートの靴を彼女のベッドの下にしのばせて、主人に来て見るようにと言う。騙された夫は、直ちに離縁の宣告をする。夫人は追いすがって「どうか座って ジェイミー・ダグラス /ともに食事をいたしましょう/金の椅子を用意するわ/膝には銀のひざ掛けを」と哀願する。夫は、「ザル貝の殻が銀の鈴に変わり/ムール貝が木に芽吹き/ 霜や雪が火となって炎を上げるなら/座ってお前と食事をしよう」と、定番の不可能の比喩を持ち出して冷たく拒否する。誤解は解けないままに、三人の子供(三番目も生まれていたということになるが、実際には、正確さに無頓着なバラッドの一例に過ぎないだろう)を後に残して、実家に連れ戻されたのであった。

 チャイルドはこの歌の頭注で、登場する人物名から、1670年末の、マー伯爵ジョンの長女バーバラ・アースキン(Lady Barbara Erskine, eldest daughter of John, Earl of Mar)と第2代ダグラス候爵ジェイムズ(James, second Marquis of Douglas)の結婚と離婚をめぐる歌であることを示唆しているが、版によって様々な固有名詞があり、またこの種の事件はいたるところにありうることから、ある特定の事件とは確定できない。他人の策略にのって単純に愛する者を誤解する悲劇は、すでにシェイクスピアに先例がある。しかし、複雑な人間心理の綾を織り成す『オセ ロ』と違ってこちらは、何故陥れたかの想像もつかない、それだけ、出来栄えとしても単純過ぎると言えるかもしれない。だが、部分的に同じ歌詞が含まれているということからチャイルドが頭注の最後に紹介した「ああ あんなに優しくされていたのに」("Waly, Waly, Gin Love be Bony")という歌がその後、「心変わりする愛」をテーマに独り歩きを始めて、愛するもののところに戻ることが出来ない女の悲しみだけをクローズアップする抒情歌"The Water is wide"(邦題は「悲しみの水辺」)となっていった。その格好の例が次に紹介する二つのエピソードである。

  過日筆者は、或るイギリス人の小さなコンサートに出席する機会を得た。シンガーソングライターでもあるそのイギリス人によるギターの弾き語りとハーモニカ演奏である。題目の一つ "The Water is wide"という歌を説明して彼は、これはイギリスのトラディショナル・バラッドで、不倫をうたっているという説もある、と説明した。それ以上の説明は何も無かったので、聴衆は、この歌そのものをバラッドの一つと理解しただろう。

  今ひとつはNHKの朝ドラ「花子とアン」で、「修和女学校」に編入したはなが寄宿舎で耳にした外国人教師のスコット先生がうたう同じ歌であった。スコット先生には日本に来る時に別れを告げた恋人がいるとのこと。その男性のことを夜な夜な想って海の向こうへ思いを馳せていたのである。

 water is wide

 「歌の箱」でこれをうたうヘイリー・ウェステンラの歌詞と日本語訳を示してみよう。

The water's wide, I cannot get over

And neither have I wings to fly

Give me a boat that'll carry two

And both shall row, my love and I
(海は広くて渡ってゆけない
飛んでゆく翼もわたしには無い
でも 二人を運ぶボートさえあれば
愛する人と一緒に大海原を漕いで行けるのに)

Where love is planted oh there it grows

It grows and blossoms like a rose

It has a sweet and pleasant smell

No flower on earth can it excel
(愛の苗木を植えるとき
それは大きくなってバラの花を咲かせます
甘くて幸せな香りをただよわせ
この世で一番の花となるのです)

The ship there is and she sails the sea

She's loaded deep as deep can be

But not so deep as the love I'm in

I know not if I sink or swim
(海に乗り出す舟があります
積み荷で今にも沈みそう
でも わたしの愛の積み荷はもっと重くて
沈んでしまうでしょうか それとも泳げるかしら)

Oh, love is gentle, love is kind

The sweetest flower when first it's new
But love grows old and waxes cold

And fades away like morning dew
(愛の始まりは優しく穏やかで
この世で最高の甘美な花
でも 時がたてば冷たくさめて
朝露のように消えてゆく)

事件の根幹である物語性は失われて、主人公の溢れる感情だけがほとばしる。このような感傷をうたう「ソング」となって生き延びてゆくのもバラッドの一つの姿なのである。いや、伝承バラッドがこのように姿を変えて生かされていることにも、バラッドを愛するものは感謝していることを伝えたい。

ひとくちアカデミック情報
ヘイリー・ウェステンラ: Hayley Westenra(1987 -   ). アイルランド系ニュージーランド人。「ケルティック・ウーマン」(Celtic Woman)というアイルランド出身の女性5人の音楽グループの一人。神秘的容貌と森林の奥深くから響き出てくるような「ケルト的」雰囲気を漂わせて人気絶頂の面々である。

原詩(英詩)の箱

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