balladtalk

第58話 結婚と家族の了解
「残酷な兄」 ("The Cruel Brother", Child 11G)

三人娘のところに三人の男がやってきて、それぞれ求愛する。「一番目の男は赤い服」、「二番目の男は緑の服」、「三番目の男は黄の服」を着ているという。求愛の言葉はそれぞれ「ぼくの花嫁にならないかい」、「ぼくの女王にならないかい」、「ぼくの恋人にならないかい」と少しずつ違っているが、似たようなことである。ここまでが話の導入部。次には「お父様にお願いしてくださいな」、「わたしを生んだお母様にお願いしてくださいな」、「お姉様のアンにお願いしてくださいな」、「それからお兄様のジョンを忘れないで」という台詞が続くが、これは誰が誰に向かって言っているのか判らない。お姉様の許可をと言っていることから、2番目か3番目であろう。何となく3番目のように思われるが、大事なことは、兄のジョンの許可を得ることを忘れていたことが重要な事件に発展することである。場面が急転して、結婚式も終わり、披露宴も済んで、花嫁の旅立ちであろうか。

011G cruel brother bt
陣内 敦 作

のジョンが花嫁を馬に乗せ、「おまえは馬上 ぼくは下/・・・/おわかれの接吻をさせておくれ」と言われるままに、花嫁が身をかがめて兄に接吻をした途端、兄が花嫁を匕首で突き刺したのである。「向うの柵(さく)の踏段(ふみだん)へ  連れて行ってくださいな/・・・/あそこでやすめば 血もとまりましょう」と花嫁が言っているが、これが誰に頼んでいるのか不明である。その後は、例によって「臨終口頭遺言」が続き、父、母、姉へ残す遺言の後、「お兄様に 何をのこしてやるのかい」と聞かれて「お兄様を吊(つる)す一番高い絞首台」と答え、兄の奥様には「命を奪う悲しみと嘆き」と、兄の子供には「世界をめぐるあてどない旅」と答える。この場面の質問者が誰なのか、通常は対話の相手(第15話、16話「ロード・ランドル」、「エドワード」その他参照)であるが、ここでのやり取りの内容から兄ではないし、父、母、姉でもないことは明らかである。一応、この物語の語り手ということにしておこう。

このように辿ってみると、三人娘のところに三人の男がやって来たという「神秘的数字」('mystic number';第43話参照)「3」に始まって、この歌全体が完全な様式のみによって成り立っていると納得できよう。一見、事件を引き起こした兄と妹(=花嫁)の間には近親相姦的なものがあったかと思われがちだが、愛した者へのあのような呪いの口頭遺言は考えられない。結局残るのは、結婚に対する家族の了解である。親の許可を得ないで駆け落ちした「ダグラス家の悲劇」(第20話参照)に対して、ここでは将来一族の長となるべき兄の許可を得なかったのである。遠い昔の封建的風習が、「歌」という形で様式化されている。(第22話で紹介した『ロード・トマスと色白のアネット』では、家族の気持ちに背いて妻を娶ろうとは思わないと言ったトマスの冗談に対して恋人のアネットが、「あなたがそんな気持なら/誰もあなたに嫁(とつ)がぬでしょう」と言ったことからトマスが意地になり、家族の意見を聞いて回り、アネットと結婚する方がいいという姉の意見を無視して、お金持ちの栗色娘と結婚すべしという母と兄の意見に従ってトマスが恋人を捨てたことから起こる悲劇であったが、あの場合は封建的風習云々ということではなくて、「意地を張る」 という、より生々しい、人間味あふれるテーマのように思われる。)

この歌は「谷間にきれいな花が咲き/・・・/赤と緑と黄の服を着て」という最初から最後まで変化しないリフレインに包まれてうたわれている。スコットランドの奥深い山の中に住む三人娘のところにそれぞれ異なる三色の服を着た男たちが現れたばかりに引き起こされる夢のような一瞬の幸せと悲劇。「歌の箱」でこれをうたうフォーク・グループの名前 'The Corries' はハイランドの深い山の洞窟 'corrie' から名付けたという。その、まるで山々にこだますように引き延ばされてゆく歌声は、人間が辿ってきた「結婚」をめぐる長い長い歴史の道のりを凝縮して響かせているように思われるのである。


ひとくちアカデミック情報
The Corries: 1960年代のフォーク・リバイバルの中で誕生したスコットランドのフォーク・グループで、最初はトリオで出発したが、出入りがあって最終的にはRoy Williamson (1936 – 90)とRonnie Browne (1937-  )のデュオで活躍し、1990年のRoyの死まで続いた。連合王国 (The United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland)の一部に組み込まれたスコットランドの公式国歌は"God Save the Queen"であるが、1314年の「バノックバーンの戦い」(Battle of Bannockburn)でイングランドのエドワード2世を打ち破った英雄ロバート・ブルースの勝利をうたう"Flower of Scotland" (Royの作詞作曲;1967)は、一種の国歌としてラグビーなどのスポーツその他のスコットランドにとっての国家的な行事の折にうたわれてきて有名である。最後の一節、「それも最早遠い過去、呼び戻すことのできない過去、だが我々は今ふたたび立ち上がって、国家となりうるのではないか、云々」(Those days are past now
 / And in the past they must remain
 / But we can still rise now
 / And be the nation again 
/ That stood against him 
/ Proud Edward's Army
 / And sent him homeward, 
/ Tae think again.)は、独立の是非を問う住民投票が行われることになった今年(2014年9月18日)は、スコットランド各地でどのような気持ちを込めてうたわれるのであろうか。