第54話 想像のるつぼ
「イザベルと妖精の騎士」 ("Lady Isabel and the Elf-Knight", Child 4A)

美しいイザベルが部屋で縫物をしていると、妖精の騎士が吹く角笛が聞こえてくる。するとイザベルは、「聞こえてくるあの角笛を手に入れて/あの妖精の騎士を  わたしの胸に眠らせたい」と言う。するとたちまち妖精の騎士が窓辺に現れ、「不思議なことがあるものです/あなたがわたしを呼ぶと 角笛が吹けません」 と言う。騎士はイザベルを緑の森に誘うが、着いた途端に、馬を降りろ、ここで死んでもらう、と態度を急変させる。騎士は、ここで7人の王の娘を殺した、 「おまえは八番目に殺されるの

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W. Cubitt Cooke, from Popular British Ballads: Ancient and Modern. 1894. 

だ」 と言う。イザベルは穏やかに応対して、「しばらく わたしの膝を枕にお休みなさい/わたしが死ぬのは しばらく休んでからにして」と言う。髪をなでられて 段々と気持ち良くなった騎士は体を寄せてゆき、イザベルの呪文に、やがてぐっすり眠ってしまう。その隙にイザベルは騎士を縛り上げて、短剣で刺し殺し、 「もしも ここで七人の王の娘を殺したのなら/皆さんの夫として どうぞ ごゆっくり」と言った。

この話には基本的に不思議な部分がある。上辺だけを考えれば、イザベルは王の8番目の娘のように考えられ、仮に王の娘でないにしても、人間である娘と妖精のやり取りのようである。しかし、妖精の騎士を胸に抱いて眠らせたいと願う途端に騎士が娘の窓辺に引き寄せられ、角笛を吹く力も奪われてしまうというからには、何か娘に超自然的な力が備わっているように思われてくる。娘を誘惑して森に連れ込むところまでは騎士の力が上である印象を与えるが、イザベルの呪文に眠らされてしまい、挙句の果てにいとも簡単に殺されてしまうわけだから、まるで娘こそ妖精か魔女か、明らかに人間の力を越えている。事実、膝を枕に、うたびとトマスを異界に案内するのは、妖精の国の女王であった(第13話参照)。

「妖精」とか「悪魔」といった存在は、勿論、人間が想像したものであり、そのような異界の存在と人間の織り成すドラマが物語としてのバラッドを豊かにしていることは繰返し述べてきたところであるが、換言すれば、バラッドは人間の「想像のるつぼ」と言えようか。「るつぼ」(melting pot)とは、化学実験などで、高熱を利用して物質の溶融・合成を行う際に使用する耐熱容器をいうが、バラッドは伝承の過程を「るつぼ」として、実に多種多様な物語 の溶融・合成を行っていると言える。チャイルドは、「あらゆるバラッドの中で、恐らく最も広く流布しているものであり、北から南まで全ヨーロッパ各国で知られている」として、今回の歌に実に34ページにも及ぶ頭注をつけている。その内容に踏み込むことは避けたいが、チャイルドの熱意に敬意を表して、せめて紹介されている6種類の異版の違いを要約紹介し、同じ4番の歌でも物質(=素材)の融合の仕方次第で変化する想像のるつぼの例を覗いてみよう。竪琴を持って現れる誘惑者が

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 'The Water o' Wearie's Well', from G. B.
Smith, ed., Illustrated 
British Ballads, 
Old and New. 1881.

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 Arthur Rackham 'May Colven', from 
Some British Ballads. 1919.
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 'May Colvin', from Smith, ed., Illustrated 
British Ballads, 
Old and New. 1881. 

「妖精」とも「騎士」とも呼ばれないが、誘惑される女の結末はA版と同じく8番目の王の娘として危うく殺されかけたとするB版 ("The Water o Wearie's Wel"のタイトル)、男も女も妖精的ではなく普通の人間として扱われ、女は男を土壇場で海に突き落とすC版、しかしC版が前2版と違う点は、男を殺した後で父の館に戻った女が、飼っているオウムに口止めをし、オウムは娘を守って王様に嘘をつく("May Colven"のタイトル)。 D版では、男は騎士だが、自らが魔法の力を持っているというのではなくて魔法の薬草の力で女を誘惑するが、連れてきた海辺で逆に突き落とされる点はC版と同じ、ただし、それまでの、女を殺す準備として丸裸にしようとする点とか、女には結婚する予定の相手がいたとする点などは新しい。館に戻った女は父と母に顛末を報告し、皆で現場に出かけて死体を海から上げて、見つからないように草地に埋葬するなどと、話が詳細で間延びしている("May Colvin"のタイトル)。E版では、「異国の騎士」が北国からやってきて「わたし」(=語り手)に求愛する。結婚を餌に親の財産を持ち出させて「わたし」を連れ出し、海辺にやってくる。今までここで6人の女を海に溺れさせた、おまえが7番目だ、と言って、高価な衣服がもったいないから裸になれと脅し、脱ぐ場面を見ないでと言われて後ろ向きになったところで逆に突き落とされるという話はD版と同じパターンである。助けてくれ、と男は救いを求めるが、「あなたが7番目に溺れるのよ」と突き放される。戻った女はオウムに口止めし、オウムが王様に嘘をつくとい うところはC版と同じである("The Outlandish Knight"のタイトル)。F版はE版と同じ展開で北国から来た騎士が女を誘惑する。海辺ではなく川辺までやってきて、6人の騎士の娘を溺れさせたからおまえが7番目だと言われた女が、岸辺の刺草(いらくさ)が金髪に絡んだり白肌を刺すから鎌で刈ってと言われて、馬鹿正直に草を刈っている隙に自分が突き落とされる、その後のことはE版と同じである。

一つの歌の異版に限らない。チャイルド1番『謎解き』("Riddles Wisely Expounded";第25話参照)のC版では、若い娘をものにしようとやって来て、謎解き問答に負けてしっぽを巻いて逃げる騎士の正体は悪魔であり、A版では騎士は娘の賢さによろこんで結婚するという結末になっている。2番『妖精の騎士』("The Elfin Knight";第26話参照)では、今回のチャイルド4番とまったく同じ状況で、すなわち、丘のむこうで角笛を鳴らしている妖精の騎士に対して、娘が「あの騎士を この両腕に抱きしめた い」とつぶやくと、瞬く間に騎士が娘のベッドにやって来る。難問の掛け合いは勝負がつかず、両者ともに傷つかないで別れる。3番『道端のにせもの騎士』("The Fause Knight upon the Road)では、悪魔と思われる騎士が少年の賢さに負けてしまう。このように、似たような話を4篇、チャイルドは305篇の冒頭にまとめているのである。

二人の姉を盗賊に殺され、危うく自分も殺されるところで、相手の盗賊が実の兄であったと分かるという未遂の近親相姦を物語る「バビロン」 ("Babylon; or The Bonnie Banks o Fordie", Child 14A)も上の話の変奏と捉えることも出来ようが、バラッドの外の世界に目を向けても、類似の話には事欠かない。ぺローの『青髭』に思いを馳せたり、6度の結婚を繰返し、内4人と離婚、2人は処刑したイングランド王ヘンリー8世(1491 – 1547; 在位 1509 - 1547)を思い起こす人もいるかも知れない。要するに、似たような話はいくらでもあり、あれこれと想像を巡らすことが楽しいのではないか。筆者のように、毎晩様々な夢を見ている人間は、睡眠中に正にこの不思議な想像のるつぼに落ち込んでいるのであろう。

ひとくちアカデミック情報
ぺロー:シャルル・ぺロー(Charles Perrault, 1628-1703)。 17世紀フランスの詩人。「ロバの皮」など3篇を集めた『韻文による物語』(1695)が出版された後に「赤頭巾」や「シンデレラ」などを含む『散文による物語』(1697)が 出版されたが、「青髭」は後者の散文による童話の一つである。青い髭を生やしたある金持ちの男は結婚を繰返し、その妻たちはいずれも行方不明になっていたところに、ふたたび美人の妻を迎える。或る日男は外出することになり、留守を頼んだ新妻に鍵束を預けて、その中の一つの部屋の鍵だけは絶対に使ってはいけ ないと言い置く。好奇心の誘惑に負けた新妻がその部屋を開けると、中には青髭の先妻たちの死体があった。驚いた新妻は鍵を血だまりに落してしまい、その血は拭いても拭いても取れない。外出から戻った青髭は事態を知って、妻を殺そうとするところで、駆けつけた兄二人に助け出され、殺された青髭の遺産を相続して金持ちになった、という話である。

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