第46話 「王子様だっこ」(?)の悲劇 
『クラーク・サンダーズ』("Clerk Saunders", 69A)

今回の話は前回予告の通り、「お姫様だっこ」が死を招くという例である。サンダーズとマーガレットは、(恐らく、家族に認められない)「つらく悲しい恋」仲であった。それでも結ばれたいと焦るサンダーズをマーガレットは、「いいえ いいえ それはダメ/ちゃんと結婚するまでダメよ」と制し、「七人の兄さんたちが/赤々と松明(たいまつ)燃やし

69A
 Illustrated by W. Cubitt Cooke. From Popular British Ballads: Ancient and Modern (1894), Vol. 2.

てやって来て/たった一人の妹が/誰か騎士(おとこ)と寝ている となじるでしょう」と不吉を予感する。若気の至りか、サンダーズは色々と浅知恵を出し、何とか恋人と結ばれたいと思う。その究極が「両の腕にぼくを抱きあげ/ベッドまで運んでくれて/誓いをたてて言うがよい/あの方は決して部屋に踏み込まなかったと」という「お姫様だっこ」の提案である(もっともここでは「王子様だっこ」と言うべきか?)。 幸せのポーズとしての「だっこ」の場合、普通にはたくましい両腕に抱かれるか弱い女性を想像するが、これが逆だと、どんなに男が華奢であっても、だっこし ている女の方はいささか「女性らしさ」に欠ける感は否めない。後に続く悲劇と最後に示される女の健気さといかにもミスマッチなところが実はバラッドらしいと言えばバラッドらしいのである。

マーガレットは、言われた通りに従って、二人は結ばれ、すやすやと眠っている。そこに、マーガレットの予感通りに7人の兄たちがやって来る。二人の仲をあれこれ詮索し、眠っている男を殺すべきか否かと意見も分かれるが、結局7番目の兄が長い刀を取り出して、サンダーズに「ぐさりぐさり」と突き立てる。ここまで のドタバタ喜劇的な雰囲気に反して、その後の数節は信じられないほどに静かで美しい描写が続く。

サンダーズはピクリと動き マーガレットは
  恋人の腕に飛び込んで 眠りました
二人にとって その夜は
  悲しく 長い夜でした

二人は静かに ぐっすり寝ました
  やがて 夜が明けてきました
マーガレットは やさしく彼にささやきました
  「さあ あなた もうお帰りの時刻です」

二人は静かに ぐっすり寝ました
  やがて 陽(ひ)がさんさんと射してきました
マーガレットが 壁ぎわの恋人を見ると
  その目はどんより うつろな様子

二人とも寝汗をかいて
  ベトベトしていると思いきや
それは 体から流れる血
  恋人はもう 息絶えているのです

敢えてこの場面を長々と引用したのは、これがひょっとしたら
サー・ウォルター・スコットの手になる部分かも知れないという邪推を紹介するためである。この歌が最初に世に紹介されたのは、スコットの『スコットランド国境の歌』(Sir Walter Scott, ed., Minstrelsy of the Scottish Border, 1802-03)においてであった。伝承バラッドがスコットの手によって初めて世に紹介された場合に良くある例に漏れず、この歌の場合もスコットは、ハード(David Herd, 1732–1810)の手書き原稿から採ったこと、それに些かの加筆修正を施したと述べているが、多くの場合、どの部分にスコットの手が加わったかは不明である。長い年月を経て伝承されてきた過程で、スコットのような名のある詩人の場合もあるが、多くの場合、無名の者たちの手が多かれ少なかれ加わりつつ変化してきたことは、伝承の宿命だったのである。従って、どの部分が「不純物」であるかと詮索し、それを特定することはなかなか難しく、そういう意味から清濁合わせ飲む器量がバラッド鑑賞には求められるのである。

詩的な描写に続いて、7年間「靴を履かずに暮らします」とか、「髪を梳(す)かずに暮らします」とかいった、マーガレットが喪に服す決意の場面は、再び伝承本来の雰囲気を発散させる。弔いの鐘が町中に鳴り、「床(ゆか)踏み鳴らして」部屋に入ってきた父親が「いとしい娘よ 泣くのはおよし/悲しみは 忘れておしまい」と言うと、マーガレットは、「昨夜一緒にお部屋にいたのは/身分違いの者ではなくて わたしの愛する騎士(かた)でした」と言う。家族の反対の理由が、バラッドお得意の「身分違いの結婚」であったということが判明するのである。

ひとくちアカデミック情報
サー・ウォルター・スコット: Sir Walter Scott (1771-1832). スコットランドの詩人、小説家。子供の頃からパースィ (Thomas Percy) 編纂の Reliques of Ancient English Poetry (1765)に大きな刺激を受け、後年、自らボーダー地方の古い物語やバラッドの蒐集に熱中し、1802年から3年にかけて『スコットランド国境の歌』(Minstrelsy of the Scottish Border)を 出版する。これはバラッド編纂史上19世紀のもっとも重要なものとなったが、編纂の過程で自らの加筆修正があったことを率直に述べていることもあって、バ ラッドの蒐集・編纂をめぐる難しい問題提起の書ともなった。因みに、ここには自作のバラッド詩は元より、M. G. Lewis (1775-1818)やJohn Leyden (1775-1811)ら他のロマン派詩人たちのバラッド詩も数篇含まれている。なお、スコットは今回の歌と"Sweet William's Ghost" (Child 77)を一つの歌として編集し、グリッグスン(G. Grigson ed., The Penguin Book of Ballads, 1975)も両者を一つのもの(69A+77B)として編集しているが、チャイルドは二つをそれぞれ独立した作品と考えた。

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