第42話 兄弟殺し 
『二人の兄弟』("The Twa Brothers", 49A)

 

北国(=スコットランド)にジョンと弟ウィリーという二人の兄弟がいて、連れ立って学校に行く途中でレスリングをして遊ぶことになる。

Child49 twa brothers

From Hall, ed. The Book of British Ballads. 1842.

上に下にと揉み合ううちに、ウィリーのポケット にあったナイフが倒れたジョンに突き刺さって深手を負わせてしまう。ウィリーはジョンを背中にかついで小川に運び、傷口を洗うが、血は一向に止まらない。 ジョンは弟に、「僕を背中にかついで/むこうの教会墓地に運んでくれ/そうして 広くて深い墓を掘り/僕をそこに埋めてくれ」と頼み、ウィリーは言われた 通りに従う。続いて、一種の「臨終口頭遺言」(第15話の「ひとくちアカデミック情報」参照)の変形パターンで、家族の者に何と言ったらよいかと弟が兄に訊ねる。兄は、父には「ワインを一樽(ひとたる)」、 母には「新しい絹のガウン」を買うためにイングランドに出かけたと伝えるようにと頼む。姉さんには何と応えようと訊かれると、同じく「姉さんに結婚指輪を買うために」イングランドに出かけたと伝えるように言う。最後に、「でも 兄さんの恋人にはなんと言おう/なぜジョンの帰りが遅いのときかれたら」と弟が訊ねると、「ああ 僕は美しい教会墓地に眠っていて/二度と家には戻らないと伝えてくれ」と兄は言う。偶然とはいえ、弟が兄を殺してしまうという恐ろしい 話とは裏腹に、静かで、美しいやり取りである。

この作品については、サマーヴィル家の兄が弟のピストルの誤発砲によって死んだという1589年にエディンバラ近郊で実際に起こった事件に基づいて作られたと解説する編者などもあり、また、兄弟喧嘩が原因で殺害したとうたわれる版などもあ り、偶然であれ意図的であれ類似の事件が色々な時代に起こりうることは容易に想像できよう。それだけ一層、この小品が後の英文学に与えた影響が印象的であ る。

『不思議の国のアリス』(Alice’s Adventure in Wonderland, 1865)の作者として良く知られるルイス・キャロル (Lewis Carroll, 1832-98)であるが、彼はまた詩人でもあり、言葉遊びとパロディを駆使した優れたノンセンス・バラッド詩を書き残している。中に、『ふたりの兄弟』("The Two Brothers")という、今回の作品と同名のバラッド詩があるが、そこでは本作品を始めとして複数の伝承バラッドの表現が巧みに利用されている。学校からの帰り道、魚釣りを誘われた弟は、兄から理由も無くかぎ針で刺される。「兄は釣竿を二本つないで/もう一本をつないで延ばし/本(ブック; 'book')にはさんだ鉤針(フック; 'hook')を取り出し/弟に突き刺しました」といった言葉遊びの連続である[訳は『英国バラッド詩アーカイブ』(http://literaryballadarchive.com/) 収録の中島久代訳から]。川に落されて、ウグイやカマスやスズキに襲われて脅えて救いを求める弟と兄のやり取りが延々と続くわけであるが、一つだけ、「意味」のある言葉遊びをご紹介しよう。「トゥワイフォード学校に戻りたいよ/鞭(バーチ; 'birch')に怯えて勉強しているほうがましだ」/「絶対にちがうよ」と兄は叫びました/「スズキ(パーチ; 'perch')と ここにいるほうがましに決まってる/「今おまえは幸せだろう/ただ遊んでいればいいんだもの/ここにあるのは一本の釣り糸/一日三十本の鞭打ちよりはいい はずだ」- 当時の、体罰を良しとする学校教育に対する痛烈な皮肉である。最後は、伝承のように静かには終わらない。兄は二度と戻らない船出をし、妹は「心臓が三つに割れました」となる。(心臓が三つに割れるのは伝承バラッド「プリンス・ロバート」から。これは次回の話題に。)


ひとくちアカデミック情報ルイス・キャロル:  Lewis Carroll, 1832-98.  「理性の時代」と言われた18世紀、それは同時に、産業革命を通して社会が大きく変革する時代の始まりであり、合理的な価値観が幅を利かせ、世紀末の「ロ マン派」と呼ばれる一時期の極端な精神性と感情の偏重の中で、人々の生活にはゆとりある遊び心が無くなっていった。キャロルはそのような価値観を揶揄し、人間が本来もっと広い空間で生きていくべきことを作品化したのである。それはやがて20世紀に入って、カミュ(Albert Camus, 1913-60)の『異邦人』(1942)などの不条理哲学小説、ベケット (Samuel Beckett, 1906-89)の『ゴドーを待ちながら』(1952)の不条理劇などに繋がっていった。1940年代から50年代にかけてはウィリアム・プルーマー (William Plomer, 1903-73)が、都会を舞台とした人間社会の不条理な事件を鋭い諷刺で描いた一連のバラッド詩群を生み出している。 

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