balladtalk

41話 赤子殺害
残酷な母(“The Cruel Mother”, 20B)

新聞という印刷物が生まれるまでの間、「ブロードサイド」と呼ばれるタイプのバラッドが新聞に代わって社会的事件などを伝える役割を果たしていたことは第8話の「ひとくちアカデミック情報」の欄で紹介している通りであるが、それ以前の純粋に口承されていた時代のバラッドにおいても、少なからず同様の役割を演じてきたことは、様々な歌の内容が今日の新聞の3面に登場する事件と類似したものが多々あることからも言えそうである。それはすなわち、人間が生きてゆく上での色々な事件が時代を越えて普遍的であるということである。前話においても、覗き見という好奇心そのものは同じであって、そこから生まれる行為と精神的意味が時代によって大きく違ってくるということであった。

女が山査子のもとに坐って赤子を産む。それから、小さなナイフを取り出して、赤子を殺し、月明かりのもとで墓を掘って、その子を埋める。場面変わって、その後、女が教会に行こうとすると、戸口に赤子がいる。「かわいい赤ちゃん おまえがわたしの子供なら/・・・/絹の服を着せるのに」と女が言うと、その子が「お母さん わたしがあなたの子供だったとき/・・・/そんなに優しくはなかったはず」と言った。

020B cruel mother
陣内敦 作

淡々とした歌である。どういう事情であったかということは語られず、最後で、死んだ赤子と女が話を交わすという点など、伝承バラッドの特徴を遺憾なく発揮し、 2行目と4行目にリフレインが挿入されている形式などからしても、この歌が非常に古いものであることが想像されるし、それだけ多くの異版(チャイルドには13種類)がある。そして、「谷間にきれいな花が咲き」と「葉が青々と茂っています」という前後のリフレインが、まるで、女の悲しい事情を大きな、美しい自然で包み込んで、この女と、殺された赤子の悲しみを慰めているようである。

特に最近、母親がいとも簡単に、しかも残酷に、子供を殺したというニュースがテレビや新聞に登場して、吐き気を催しそうである。泣いてうるさかったからとか、言うことを聞かなかったから、などという単純な言い訳の背後にも何か深い事情があるのかも知れないが、そういった母親の捨て台詞からは「深い悲しみ」 は伝わって来ない。

「女はサンザシのもとにすわりこみ/・・・/かわいい赤子を産みました」という出だしは、ロマン派詩人ウィリアム・ワーズワースの「女は山査子のかたわらにすわって/泣きながら呟くのです」とうたわれる長篇バラッド詩「山査子(さんざし)」(1798年)に生まれ変わり、男に捨てられて気がふれた女と胎児の運命を巡る語り手の想像が綿々と綴られる。

ひとくちアカデミック情報ウィリアム・ワーズワースWilliam Wordsworth, 1770-1850. 桂冠詩人(1843-50)。コールリッジ (Samuel Taylor Coleridge, 1772-1834)と共同出版した『抒情民謡集』(Lyrical Ballads, 1798)の第2版 (1801)に付した「序文」(‘Preface’)においてワーズワースは、「これら諸詩篇において提起した主たる目的は、日常の生活から事件や情況を選びだし、それらを、全体を通じてできるかぎり人々が実際に話す言葉から選んだ用語で述べあるいは描き、と同時に、それらの事件や情況に、想像力によるある種の照明をあてることによって、ありきたりの事柄が異常のすがたをもって読者の心にうつるようにするということである。(“The principal object, then, proposed in these Poems was to choose incidents and situations from common life, and relate or describe them, throughout, as far as was possible in a selection of language really used by men, and, at the same time, to throw over them a certain colouring of imagination, whereby ordinary things should be presented to the mind in an unusual aspect….”; 日本語訳は前川俊一訳注『ウィリアム・ワーヅワス 抒情民謡集序文』より)」と述べて、それまでの抽象的で難解な詩の言葉からバラッドで使われているよう な平易な言葉で詩は書かれるべきであるとした。「山査子(さんざし)」(‘The Thorn’)もこの詩集に収められている一篇である。