balladtalk

第38話 納涼怪談
『 ヘンリー王』("King Henry", Child 32 )

電力不足と新エネルギー対策が連日のようにテレビ・新聞を賑わし、朝顔やゴーヤなどで作るグリーン・カーテンとか水打ちなどの伝統的な納涼の知恵などもわざわざ話題になったりする毎日であるが、伝統的な知恵と言えば、夏祭りには付きもののお化け屋敷などをあまり見かけなくなったのが寂しい。そこで今回は、イギリス伝承バラッドの中でも取って置きの納涼怪談を紹介しようという目論見である。 

King HenryFrom Popular British Ballads: Ancient and Modern. Vol. 2. 1894.
Illustrated by W. Cubitt Cooke.

鹿狩りから戻ったヘンリー王が美味しい鹿肉のご馳走をいただこうとするところに亡霊が入ってきて、王の前に立つ。「頭がお城の屋根梁に届くほど背が高く/腰回りも計れないほど大きな亡霊」だという。王がマントを投げて「亡霊嬢よ 服を着なさい」と言うところから推測するに、この巨大な亡霊は裸の女のようである。「そんな姿は地獄の悪魔よりほかありません」と言われてもピンと来ないが、「歯は牛馬を繋ぐ杭ほど太く/鼻は棒か小槌のよう」という表現は具体的である。亡霊は王様に、「肉を 肉を ヘンリー王よ/何か肉を分けておくれ」と迫る。「何の肉が欲しいのか」と訊かれると、王の馬を殺して持ってこいと言う。「馬を殺すとき/ヘンリー王の胸は張り裂けんばかり」だったが、亡霊嬢は構わず、「皮も骨もむしゃむしゃたいらげ/残ったのは固い皮とたてがみとしっぽだけ」だった。次に亡霊が求めたのは王の猟犬。これも同じように平らげ、更に王のオオタカを要求する。王の愛する馬と犬と鷹を跡形も無く食べ尽くされ、今度は飲み物を要求される。「殺した馬の皮を縫い合わせ/それに入れて飲みものを持ってきて」と言う。血だらけの馬の皮を縫い合わせて、大樽一つ分のワインを入れて持ってくると、亡霊はそれを一気に飲み干す。仕上げは、ベッドを用意させて、「服を脱いでおくれ ヘンリー王よ/わたしの側に寝ておくれ」と命ずる。「ああ 神よ お赦(ゆる)しを/こんなことがあろうとは/地獄の悪魔が/[わし]の側に添い寝するとは」と絶望する王であった。

納涼効果はここまでである。翌朝王が目を覚ますと、「見たこともないような美しい貴婦人」が側に寝ているではないか。手の平を返した王が、「何という幸運か・・・/この幸運はいつまで続いてくれるのか」と言うと、その女性は、「ヘンリー王さまのお命尽きるまで/これまで たくさんの礼節の騎士に会い/たくさんの贈物をいただきました/でも わたしの意志を尊重してくださったのは/あなたさまが初めてです」と応えて、この怪談は、「怪談」から遠く離れてめでたし愛でたしと終わるのである。原作者(?)がもしも女性であったなら、この歌の隠された狙いは実は、「三つのことに欠ける男は/求婚に行っても 所詮無理/一に財産 二に寛容/三には深い思いやり」 という出だしのスタンザにあったのかも知れない。そして、女の意志を尊重してくれることという、20世紀のフェミニズム顔負けの言葉が伝承バラッドから飛び出してくることも驚くに値しない。『サー・ガウェインの結婚』(“The Marriage of Sir Gawain”, Child 31)でも、女が一番に願うことは「意志」を持つことだ、とうたわれている。

イギリスの「ヘンリー王」といっても、ウィリアム征服王の末子ヘンリー1世(1068-1135;在位1100-35)からイングランド国教会を設立したヘンリー8世(1491-1547;在位1509-47)まであるが、この歌の内容は実在の王様とは関係無さそうである。民衆の歌バラッドで王様や女王様が主人公になる場合が結構あるが、それが歴史上の実在人物である場合もあり、架空の存在の場合もある。いずれの場合も、民衆の想像力で雲上人を祭り上げ、ある場合は揶揄し、また、笑いの対象として、あるいは、単に話題の手段として利用しているのである。

ひとくちアカデミック情報『サー・ガウェインの結婚』:"The Marriage of Sir Gawain", Child 31. ブリテン島の伝説の王アーサー(King Arthur)と円卓の騎士団をめぐる中世のロマンス伝説の主人公アーサー王がある時、手強い男から「女が一番望むもの/それが何かを答えてみよ」という謎をかけられる。 答えに窮した王であったが、荒野で奇怪な女に出会って、ある解答を得る。その女の「片方の目は額に埋め込まれ」、「鼻は鷲鼻 鼻の穴は上を向き/口元は醜く」歪んでいた。謎解きを助けてくれたなら、甥のサー・ガウェインと結婚させようという。「女は意志を持ちたいもの/これが一番の願い」というのが、女の与えた正解であった。優しく、「気持ちもおだやかな人格者」であったガウェインは、よろこんでこの醜い女と結婚することを了解する。「こんな姿のわたしを抱いてくださるのは/夜ですか それとも昼間ですか」という質問にガウェインは、「あなたと戯れるなら/夜の醜い姿よりは/できるなら/昼間の醜い姿を選びます」と言う。女が更に、この醜い身を隠して皆さんの社交の場には出てゆけないと言うと、ガウェインは、「それはそうかもしれないが/あなたはわたしの妻だから/自分の意志で決めるがいいよ」と言うのであった。「あるがままのわたしを見てくださったから/これからは 自分の意志で生きてゆきます」と言う女は、実は継母から魔法をかけられていたもので、今はその魔法も解けて、サー・ガウェインの絶世の美人妻として、アーサー王を初め、円卓の騎士たちから祝福された、という話である。

 

原詩(英詩)の箱

画面をクリックすると拡大されてご覧いただけます 解除するにはescキーを押してください

en-pdf