第35話 念願力で死んだふり 
『きれいな大鷹』("The Gay Goshawk", Child 96A)

親の勧める結婚を拒んで殺される例と親の理解で結ばれる例をみてきたが、今度は若者自身の知恵、と言っても、死んだふりして自力で結ばれるというケースである。

男が飼っている大鷹は、イングランドの恋人のところに手紙を持って行って、返事をもらって来るように頼まれる。「どうしてご主人様の/愛(いと)しい人がわかるでしょう/声を聞いたことも/顔を見たこともないというのに」と大鷹が訊ねると、誰よりも一番美しい人だからすぐに分かる、と言われる。飛んで行った恋のメッセンジャーの大鷹は、恋人からの手紙を渡して、「さあこれがご主人様のお手紙です/もう三通も送ったとおっしゃいます/これ以上は待てないと/あなたを思って死ぬほどです」云々と言うと、女は「あの方に結婚のパンを焼くように/結婚のエールを醸(つく)るように伝えておくれ/美しいスコットランドでお会いしましょう/パンとワインが腐ってしまうその前に」と応える。[二葉の挿絵はいずれもS. C. Hall編集のThe Book of British Ballads (1844)より]

父親の元に行った娘が膝まづいて、「お父様 お願いがあるのです/どうか願いを聞いてください」と言うと、その先を聞く前に父親は、「いってみなさい 愛 (いと)しい娘/おまえの願いは何でも聞こう/美しいスコットランドの/憎い奴のことでないならば」と応える。娘は奇抜な願いに出る。もしも自分が死んだ ら、せめてスコットランドに埋めてくれ、かの地への道中の教会で弔いの鐘を鳴らし、ミサをあげ、献金を捧げてくれ、と頼むのである。

部屋に戻った娘は、注意深く調合した眠り薬を一気に飲む。その後は、「床の上に倒れこむと/すぐに眠りに落ちました/間もなく やわらかい手足には/冷たい死がしのび寄ってきました/夜が明けて陽(ひ)が昇り/乙女の姿を見た者は/誰もが 死んでいると思いました/乙女はまるで死んだように見えました」と静かにうたわれる。埋葬の準備をした家族の者たちは、言われた通りにスコットランドへの道中の教会で弔いの鐘を鳴らし、ミサをあげ、献金を捧げると、そこに娘の恋人が現れて、「立派な棺を下ろしてください/中の人を見せてください」と頼む。すると、「さくらんぼのような頬とバラのような唇で/乙女は寝たまま 恋人に微笑みました」ということになる。最後は、「パンを切ってちょうだい 愛(いと)しいあなた/ワインを注いでちょうだい/ここ九日というもの/何も食べていないのだから」という、いささか即物的なセリフと、「お兄さま方 お戻りください/屋敷に戻ってラッパを鳴らし/南の国で私のことを自慢して/あ の子のだましっぷりは立派なものだと」と、まるでアッカンベと舌を出しているような終わり方である。チャイルド25番に『ウィリーの通 夜』("Willie's Lyke-Wake")という歌がある。死んだふりしてうぶな娘をだますという内容であるが、「ウィリー おまえにいい手を教えましょう/あのかわいい娘をだます手を」(A版)と出だしで入れ知恵するのは、他版から推測するにウィリーの母親のようである。「死んだふりして横たわり/経帷子(きょうかたびら)を頭に巻くのです」と、母親はウィリーに教える。娘がウィリーの埋葬に出かけてゆくと、柩の中の死体が動き出し、娘を中に引きずり込む。「ああ ウィ リー ウィリー 今夜は離して/ちゃんと結婚するまではだめ」/「来たときは おとなしくてうぶな生娘/帰るときは 結婚して子供を産んだ妻」というやり取りでこの歌は終わる。

‘raymondcrooke’さんは、『きれいな大鷹』がシェイクスピアの『ロミオとジュリエット』を思い出させるとYouTubeで解説しているが(「歌の箱」参照)、もちろん両者の結末には大きな違いがある。二人とも死んでしまう『ロミオとジュリエット』の方も決して「悲劇」には分類されず、いわゆる「ロマンス」の類なのであるが、 ここに紹介した二つのバラッドは「頓智」レベルの歌に属する。『ウィリーの通夜』の1行目と2行目の間に挿入されている「太陽が谷間いっぱい輝いている/ 青や黄 色とりどりの花のなか」というリフレインが象徴的に、これが決して深刻な話でないことを伝えている。

ひとくちアカデミック情報‘raymondcrooke’: 本名Raymond Crooke氏はプロの歌手でも演奏家でもなく、フォークソングと旅をこよなく愛するオーストラリア人である。彼は、自らのギターでうたった(現在までのところ)79本のチャイルド・バラッドをYouTubeにアップしている。厳密な意味での口承伝承が廃れた今日、このような(素人)愛好家によるバラッドの伝承は貴重なものとして評価されるべきと思う。下記URLはCrooke氏のホームページと、彼がうたっているチャイルド・バラッドのリストである。
http://www.raymondcrooke.com
http://www.youtube.com/view_play_list?p=B2D0D5657EA394E4

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