第27話 「ヤローの土手にしたたる血」
『 ヤロー川の土手 』("The Braes o Yarrow", Child 214A)

出かけようとする夫を、「行かないで 家で食事を/ああ いままでどおり家で食事を」と、妻が必死で引き止めようとする。昨晩不吉な夢を見たからだと言う。ヤローの土手から戻ってきたとき、「戻ったあなたは首なしあなた」だったという夢であった。夫は、「九時間すれば 戻ってくる」と繰返す。用件は、「おまえの兄さんのジョンと/ヤローの土手で会うためなのだ」と言う。

9人の屈強なダグラスのものたちがヤローの土手で待ち伏せしている。身分不相応な奴が妹を娶ったということで、妻の兄弟たちから決闘を申し込まれたのである。4人を殺し、5人を傷つけ、十中八九勝ったというところで、 背後を突かれ、「細身の剣で心臓をひと突き」、ヤローの土手に倒される。

Child 214 braes of yarrow
陣内敦作

知らせを受けて、女は愛する夫が殺されたヤローの土手に駆けつける。「くちづけをして 髪を梳(す)き/ああ いままでいつもしていたように/そうして したたり落ちる血を拭(ふ)きました/ヤローの土手にしたたる血」とうたわれる名場面である。そのあと女は、3フィートもする長い金髪を自らの首に巻いて、 夫の後を追って、ヤローの土手に息絶えたのである。

妻方の姓が「ダグラス」とあるように、第20話(『ダグラス家の悲劇』)と同じように、この歌も敵対するクランの悲劇をうたっている。舞台となった「ヤロー川」は、聖メアリー湖からエトリックの森をうねり、セルカークの少し北フィリップホーでエトリック川と合流してツイード川に向かう、スコットランドとイングランドの国境ボーダー地方を象徴する川である。「聖メアリー湖」が 『ダグラス家の悲劇』と結びつき、「ヤロー川」が『ヤロー川の土手』と結びつくように、それぞれの地名が喚起する歌と深く結びついてバラッドはスコットラ ンドの人々にうたい継がれてきた、と詩人・小説家にしてバラッド編纂者サー・ウォルター・スコット(Sir Walter Scott, 1771-1832)は述べているが、バラッドを愛する者の一人としてスコットランドを旅して実感する感動は正にそのことである。

聖メアリー 湖の東の端からヤロー川に沿って下ってゆくと、すぐ近くの農家の牧場内に今や崩れかかった石造りの建物が見えてくる。辺りに放牧された牛を恐々と避けて近 づいてみると、空洞の中は悪臭を放つ牛の糞で足の踏み場も無く、朽ちかけた建物の天辺からは木と草が無造作に生えている。これが「ドライホープの館に美しい女が住んでいました」("At Dryhope lived a lady fair")などとうたわれた16世紀の 'Dryhope Tower'の廃墟で、この歌の他版で「ヤローの花」('the Flower o Yarrow'、B版)、「ヤローのバラ」('the Rose of Yarrow'、D、L版)などと呼ばれたメアリー・スコット (Mary Scott) の館であった。男が殺され、女が後追いして死ぬという悲劇が結婚前であったか結婚後であったかは、版によって様々であるが、現実の彼女は1576年にその地の豪族ウォルター・スコット(Walter Scott of Harden)と結婚しており、このような事件が実際に結婚前に起こっていたのか、それともこれはまったく架空の物語なのかどうかの真相はわからない。ちなみに、18世紀の詩人ウィリアム・ハミルトンは この伝承バラッドを元歌に、メアリー結婚前の出来事としてバラッド詩"The Braes of Yarrow" (1723)を創っている。そこではすでに決闘事件は終わっていて、恋人を殺した男が残された女を口説いて、自分と結婚してヤローの村を出てゆこうと誘っている、という内容である。

ひとくちアカデミック情報ウィリアム・ハミルトン:William Hamilton of Bangour, 1704-54. スコットランドのジャコバイト派詩人。リンリスゴウ( Linlithgow) 州バンガー(Bangour)出身。1745年のチャールズ王子(Charles Edward Stuart)が率いた反乱に組して、イングランド軍を撃破したプレストンパンズ(Prestonpans)の戦いの勝利を"Gladsmuir"という詩にうたったが、カロデン(Culloden)の戦いの敗北後ハイランドに逃れ、その後フランスに脱出、のち、一端はスコットランドに戻るが、ひどく健康を害して療養のためにリヨンに移り、そのまま彼の地で肺炎のために亡くなる。死体はスコットランドに運ばれて、ホーリールードのAbbey Church に埋葬される。 

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