第23話 愛と呪い
『バーバラ・アラン』("Bonny Barbara Allen", Child 84A)

今回も前話に続いて、(恐らく)軽い冗談が招いた取り返しのつかない悲劇の物語である。ジョンが恋人バーバラ・アランのもとに使いを走らせる。「今すぐに主人のもとへ来てください」と言われた彼女は、「のそりのそり起き上がって」(すなわち、しぶしぶ)ジョ ンのもとへ行き、「おや あなたはもうおしまいね」と冷たく言い放つ。

Child 084A barbara allan
陣内敦作

ジョンが、重い病気にかかっているから助けてくれ、と言うと、バーバラは「あなたが いなけりゃ それだけいいわ/あなたの心臓の血が流れても」と残酷に突き放す。二人の間にいったい何があったのだろう、と聴き手(あるいは、読者)は思う。「あなたはもう忘れたの/酒場で一杯やってるときに/みんなにずうっと乾杯(かんぱい)をして/バーバラ・アランを馬鹿にしたのを」というバーバラの説明からは、ジョン自身も忘れるほどの些細な行為にバーバラが深く傷ついたということらしい。

バーバラは「のそりのそり」(今度は、悲しい気持ちで)ジョ ンの家を出る。間もなくジョンの弔いの鐘が鳴り、「バーバラ・アランにわざわいあれ」と聞こえてくる。ジョンからの呪いの言葉である。最後にバーバラは、 恋人が自分を想って死んだ、自分も明日、恋人を想って死ぬのだ、と言う。先に、ジョンが「ぼくは重い重い病気なのだ/あなた想うて恋い焦(こが)れ」というのは、恋患いをしているということではない。軽い冗談が恨みを買い、彼はバーバラから呪われているのである。たかが冗談から出た行為や言葉で、人は人を呪い殺すなんてことがあるだろうか。

12回シリーズを予告して紹介してきたアンソロジー・ピースの最後が今回の『バーバラ・アラン』である。英米のフォークシンガーを代表するジーン・レッドパスとジョーン・バエズの持ち歌(「歌の箱」1、2参照)であるこの歌は、これからも紹介する数多くの愛と呪いの作品群の象徴的な存在である。愛と憎しみが表裏一体とはよく聞くセリフであるが、それは、「愛」とか 「憎しみ」という人間の感情が実は極めて繊細で、ある意味、脆いものであることを物語っているのだろうか。そのことに気付くことが如何に大切であり、また、難しいことであるか、ということをこれらの歌は伝えている。

noke 1 noke 2 noke 3


筆者が住む町に「縁切地蔵尊」を祀る小さな社(やしろ)がある。その由来は、今からおよそ1,300年前、地域の或る村の息子と別の村の娘の縁組みが成立し、いよいよ輿入れという当日になって男性の方が出奔、この報せをこの社のある辺りで聞いた花嫁は、「早や嫁ぐべき家も無し」と言って、この地で自刃して果てたという。土地の人々が哀れんで、菩提を弔うために一 体の石蔵を建てたのがこの縁切地蔵尊と呼ばれているものだそうである。その後、男女の縁切りに霊験あらたかとして、全国各地から信者の来訪や手紙が絶えないそうである。昭和60年に出火全焼し、現在では同場所に小さな祠が再建されているが、そのかけらを相手に飲ませると悪縁が切れるということで、単なる石の塊と化しているお地蔵さんが祀られている。周囲の壁には各地から寄せられた縁切り依頼の手紙の入った封筒や、縁切り祈願の絵馬が掛けられている。最近では封筒の中身は読めないが、以前ここを最初に訪れた時に、50枚位の便箋がむき出しに張り付けられていて、その中身を読むことが出来た。そこには、ただ相手の名前の次に「死ね、死ね、死ね、・・・」という言葉だけが繰返されていて、夏の暑い日だったにもかかわらず、思わず背筋が寒くなった記憶がある。「呪い」という生々しい人間の情念の実例を見た気がして、当分気分がすぐれなかった。 日本文学にも数多い呪いの物語がバラッドの世界でどのよ うにうたわれているかをこれからも折々紹介してゆくが、このテーマに集中すると気分が滅入るので、一応アンソロジー・ピースの紹介を終えた今後はまた、硬軟、明暗取り混ぜて、様々な作品世界を楽しみながら逍遥してゆきたい。

ひとくちアカデミック情報
「のそりのそり」: 恋人が自分の呪いで死にかかっているところに呼ばれてゆくバーバラ・アランは当然気が進まない。原文の 'hooly, hooly'(第3スタンザ)はスコットランド方言で、 'slowly, slowly'という意味である。第7スタンザは、助けを求める恋人を振り切って戻ろうとする場面で、愛していながら殺そうとする複雑な気持ちを「のそりのそり起き上がって/のそりのそり立ち去りました」("And slowly, slowly raise she up, / And slowly, slowly left him")と表現している。同じ言葉を使って事件の前後での対照的な気持ちを的確に表すという見事なレトリックである。一見単純に見える言葉の繰り返しに隠されたバラッドの表現の技である。

 

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