第4話 お転婆娘の恋と勇気 
『タム・リン』("Tam Lin", Child 39A)

tamlin
変身が恋愛遊戯の手段であった前話と打って変って、今回はお転婆娘の恋と勇気の証となるという話である。「カーターホー」 は、イングランドとスコットランドの国境ボーダー地方を流れるエトリック川とヤロー川が合流する辺りの森の名前だが、そこに行くと、「金の指輪」か「緑のマント」か「乙女の純潔」を妖精タム・リンから奪われるから、絶対に行ってはならないと言われていた。ジャネットは忠告を無視して、いかにもお転婆娘らしく「スカートをひざの上までたくし上げ/金髪をおでこで/きりりとむすび」、森に出かけて行く。妖精たちの特別の保護下にあるといわれるバラの花を摘んで、そこに現れたタム・リンに、なぜ禁じられたことをするかと咎められ、この森は父が自分にくれたものだから何をしようと勝手だ、と抗弁する。ここでジャネットが、危険だと言われていた通り、処女を奪われてしまったということは、あとの話から解るのであるが、その場面は省略されている。(簡潔に場面を描写している版もある。)バラッド独特のスピード感あふれる話の展開で、お城に戻ったジャネットは父親に堂々と、お腹の子供の父親は妖精だと言い放つ。

森に戻ったジャネットはタム・リンから、身の上話を聞かされる。彼は元々人間で、ある日、狩りから戻る途中で落馬したところを妖精の女王に捕まって、妖精の国に連れて行かれたこと、7年毎の地獄への貢ぎ物に自分が差し出されるに違いないから、ハロウィーンの今夜、自分を救い出してくれ、と頼む。ハロウィーンとは万聖節の前夜、10月31日の夜のこと、この時、超自然界が人間界に最接近すると信じられていた。 妖精たちが真夜中に馬に乗って通り過ぎる時、白い馬に乗った自分を引きずり降ろしてくれ、その際、妖精たちは君の腕の中の自分をイモリやマムシ、熊や獅子、「真っ赤に燃える鉄の棒」に変えるだろうが、「おなかの子どもの父親」である自分をしっかり抱いて怖がらないで、そして最後に、自分を「真っ赤に燃える石 炭」に変えた時、泉の水に投げ込んでくれ、そうすれば自分は元の騎士に変われるのだ、と言う。言われた通りにやり遂げたジャネットはタム・リンを見事人間界に連れ戻す。怒り狂った妖精の女王は、妖精界は人間に見られてはならず、タム・リンが逃げると分かっていたら、前もって目をくりぬいておけばよかった、 と悔やむのである。

イングランドとスコットランドの国境を舞台にした愛をうたうバラッドには、大きく分けて三つのタイプがある。国境を越えた愛、敵対するクラン(=氏族)の若者の愛、そして、今回紹介したような妖精との出会いの物語である。稿を改めて種々紹介してゆくつもりであるが、 妖精とか亡霊、悪魔など、異界の登場人物と人間の交流が、想像力あふれるバラッドの物語世界を構成している一つの要素であることは、忘れてはならない点である。

ひとくちアカデミック情報ジャネット:  「ジャネット」と言えば、お転婆娘で、禁じられた森に行き、恋人を妖精界から救い出す時に自らの腕の中で恋人が蛇や熊やライオンに変身しても決して手放さなかった勇敢な娘として忘れ難い人物である。他方、同じ「ジャネット」という名前でも『ウィンズベリーのウィリー』("Willie o Winsbury", Child 100A)に登場するジャネットは、王の娘でありながら身分の低い粉挽き場のウィリーとの結婚を選ぶ控え目な女性である。(身分を問わないという意志の強さは『タム・リン』のジャネットと通じるものがあるかも知れないが。)また、『騎士の亡霊』("The Knight's Ghost", Child 265)のジャネットは、運命のままに生きることを指示される女である。亡霊として戻って来た夫にジャネットが、自分はいつ死ねるかと訊ねると、亡霊は、「お前は他の騎士と結婚して9人の子供を産むのだ」と言われる。歌はそれで終わって、ジャネットの意志はまったく伝わって来ない。そもそも『タム・リン』 でも版が違えば、話の内容は同じでありながら、娘の名前がマーガレットで、妖精がトマスだったりする。固有名詞が本来持つべき唯一的存在としての個別性が存在しないのである。

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