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 第18話 永遠の愛など無いのです
『眠れぬ墓』("The Unquiet Grave", Child 78A)

男が、亡くなった恋人の墓にすわって泣き続ける。1年が過ぎて、「ああ わたしの墓にすわって泣いて/眠らせないのは誰」と、死んだ女が声をかける。すると男は、「恋人よ  おまえの墓にすわって泣いて/眠らせないのはこのぼくだ/土のように冷たいその唇に/ぼくは接吻をしたいだけ」と答える。女は、「わたしの息は土くさい/ 土のように冷たいこの唇に接吻をすれば/あなたの命は長くない」と言って、男の申し出を断るが、それに続く台詞に女の鋭い洞察が示される。「あなたとわたしがよく歩いた/向うにみえる緑の園に/いちばんきれいに咲いていた花も/いまは枯れて茎ばかり/「恋人よ その茎もからからに乾いている/そのように二 人の心も枯れるでしょう」と言うのである。

unquiet grave
"The Unquiet Grave" illustrated by W. Cubitt Cooke.

この短い歌には二つの教訓がうたわれている。一つは、残された者の過度な悲しみは死者の安眠を妨げるということで、『二人の兄弟』("The Twa Brothers", Child 49)ほかヨーロッパ各国の歌にも窺える考え方である。生者の涙が死者の経帷子を濡らすからだという、火葬ではなくて死体を土中に埋葬していた国ならでは の理由もうたわれたりする。もう一つは、どんなに綺麗に咲いている花もいずれは枯れてゆくように人の心も枯れてゆくのだから、永遠の愛を口にしない方がよい、という諭しである。この無常観は、感傷を拒絶するリアリズムの精神である。死者の吐く息は墓土の匂いがするという台詞は、死を厳然たる事実として見つめる精神である。このように自然から学んだ無常観は、諸行無常を説く仏教の専売特許ではない。生物的存在としての人間を自然の一部として観るリアリズム的 視点と、であるが故に、精神的存在として人間を自然を越えて観ようとするロマンティシズム的願望、洋の東西を問わず文学が共通に体現している二つのものであるが、バラッドではその二つが最も直截的に表現されている。

今回のテーマ作品『眠れぬ墓』との関連で忘れがたいのはトマス・ハーディ (Thomas Hardy, 1840-1928)の『わたしの墓を掘っているのはあなたなの』("Ah, Are You Digging on My Grave?", 1913)というバラッド詩である。死んだ女が墓の中から、頭上の土を掘っているものに対して「私の愛する人ですか」と尋ね、「あんたの恋人は世界一金持ちの女とさっさと結婚したよ」と答えられ、それでは、親戚のものか、あるいは、私に何か敵意をいだくものかと質問し、いずれも最早この世にいないものには関心は無いと知った挙句、それが生前飼っていた犬だと判り、犬のような忠誠心は人間には無いのだと思い知らされる。ところが、その犬は答えて、「ご主人様、散歩の途中でお腹が空いた時のために骨を隠しておこうと思って掘っていたのです。ここがあなたのお休み場所とはすっかり忘れておりました」と言うのである。リアリズム精神を厳しいブラック・ユーモアで包み込んだ見事な作品である。

ひとくちアカデミック情報トマス・ハーディ: イングランドの詩人、小説家。ドーセット(Dorset)州生まれ。16歳から建築見習いの職につき、 1874年に出版された4番目の小説『狂乱の群れを離れて』(Far from the Madding Crowd) の成功から、以後文筆活動に専念するようになる。時代を代表する流行作家となったが、『テス』 (Tess of the D'Urbervilles, 1891)や『日陰者ジュード』 (Jude the Obscure, 1895)に見られる「悲観主義」や「不道徳性」が激しい攻撃を受け、後者を最後に小説の筆を絶つ。その後は詩作に専念し、『ウェセックス詩集』 (Wessex Poems, 1898) など8册の詩集を出版し、900篇を越える作品を残した。ワーズワース(William Wordsworth)やロバート・ブラウニング(Robert Browning)に倣って平易な日常語で詩を書く一方で、韻律や詩型については様々な実験を繰返し、今日では「現代詩の父」と評価されている。同じことが彼のバラッド詩についても言える。ハーディは、スウィンバーン(A. C. Swinburne)やキプリング(Rudyard Kipling)と並んで最も多くの、40篇近いバラッド詩を残しているが、物語の題材や技法など伝承バラッドの持っている多様な側面を余すところ無く実験している。

 

原詩(英詩)の箱

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