balladtalk

 第17話 独りでに鳴り出した琴
『二人の姉妹』("The Twa Sisters", Child 10C)

cruel sister

From S. C. Hall, ed., The Book of British Ballads, 1844.


二人の姉妹のところに一人の騎士がやってくる。騎士は、指輪やブローチを贈って姉の方に言い寄るが、本当は妹を好きだった。妹の方が、より美人だったらしい。きれいな妹を妬んだ姉は、「お父さまの船を迎えに行きましょう」と誘って、川岸へ連れてゆく。石の上に立った妹の背後から近づいた姉は、背中を押して突き落す。助けてくれ、引き上げてくれと、どんなに頼んでも助けてくれない。「ああ お姉様 手袋でいいからさしだして/・・・/そうすりゃ ウィリアムはあなたのもの」と、妹は嘆願する。騎士の名はウィリアムであった。「おまえのそのさくらんぼの頬と金髪のおかげで/・・・/わたしは一生男知らずになるところ」だったと姉は冷たく言い放つ。「妹は浮いては沈み 浮いては沈み」しながら、やがて水車の堰(せき)に流れ着く。「その金髪がみえません/・・・/金や真珠の髪飾りがあんまりぴかぴか光るから/・・・/細い腰がみえません/ ・・・/金の帯があんま りぴかぴか光るから」と、悲劇ときらびやかさを並置する伝承歌独特の表現が登場する。

人気者の竪琴弾きが通りかかって、溺れて死んでいる娘のきれいな顔に目を留める。竪琴弾きは娘の肋骨で琴をつくる。石の心も和らげる音色だという。竪琴弾きは娘の髪で弦を張る。その調べが人の心を悲しませるという。竪琴弾きがそれを持ってお城に行く。王様や女王様ら皆が集まった目の前で、石の上に置かれたその琴が独りでに鳴り出す。「あちらにおすわりなのが お父様の王様/・・・/あちらにおすわりなのが お母様の女王様/・・・/あちらにお立ちなのが お兄様のヒュー/・・・/そのそばには やさしく立派なウィリアム」。そして琴は最後に、「ひどいお姉様のヘレンにわざわいあれ」と鳴って、自分が姉から殺されたことを皆に暴露する。

この<Child 10C>版と分類される歌はサー・ウォルター・スコット編纂の『スコットランド国境地方の歌』(1802)で世に紹介されたものであるが、「スコットランド研究所」が1954年に、アバディーン州に住むベツィー・ホワイト (Betsy Whyte)という女性から収録したもの(Henderson版と呼ぶ;「原詩の箱2」、「訳詩の箱2」および「歌の箱2」参照)と比べてみると、 一世紀半の時を経て伝承の歌が変化してゆく姿がよく伝わってくる。

「姉さん 姉さん 手をつないで/・・・/あの大理石のうえに立ちましょう」と、ベツィーの歌では妹が姉を誘って、川に突き落とす。立場が入れ替わることはバラッドではよくあることで、それは何ら問題無い。ただ、騎士が登場せず、嫉妬による殺害という動機が消えていることは大きな変化であろう。(ただし、この点も、バラッドにおける多くの殺人事件で、その動機が語られない場合は多く、それ自身は問題ではない。) 溺れた娘が引き上げられたところに三人の竪琴弾きが通りかかる。「一人は 娘の人差し指から/琴の糸巻きをつくりました/もう一人は 娘の三房の金髪から/琴の弦をつくりました/最後の一人は 娘の胸の骨から/独りでに鳴りだす琴をつくりました」とうたわれて、ベツィーの歌は終わる。

ベツィーの歌に致命的に欠けている点は、先行する伝承歌が持っていた、一つは死んだ娘のきらびやかな姿、もう一つは、独りでに鳴りだした琴が犯人を暴露するという、先の『ロード・ランドル』や『エドワード』における「臨終口頭遺言」的な対話のパターンの更なるバリエーションである。ひと言で言えば、物語性が希薄になっていることである。それは、ベツィーの歌だけの問題ではなくて、1950年代以降に蒐集されたほとんどすべての伝承歌についても言えることで、 現代人が物語的想像力を喪失していっているという、大きな問題を惹起する。しかし他方で、日本発、世界の子供たち(そして、大人たちまでも)を虜にするアニメの世界があり、想像力の復活に心配無用の希望を与えてくれるものである、とも言えるかも知れない。

ひとくちアカデミック情報スコットランド研究所: 第二次世界大戦終了後のナショナリズムの高揚に呼応して1951年にエディンバラ大学に設立された。伝統的民族文化遺産の蒐集・研究・保存活動と成果の公開、学部・大学院生の教育を目的に、ゲール語やスコットランド語の歌や民話蒐集、地名・人名・方言研究など、いわゆる今日流行りの文化研究の中心的存在となった。研究所は1975年に『スコットランドの伝統』(Scottish Tradition)というレコード・シリーズ全六巻(London: Tangent Records)を刊行しているが、その中の第五巻は『大いなる歌の世界—スコットランドの古典バラッド』(The Muckle Sangs: Classic Scots Ballads) と題して19篇のチャイルド・バラッドを収めている。いずれも50年代以降のフィールドワークによる蒐集である。収録活動の中心人物はヘイミシュ・ヘンダスン(Hamish Henderson, 1919-2002)教授で、彼を中心として蒐集された作品をHenderson版と呼ぶ。ジプシーなどの「ティンカー」と呼ばれる旅商人たちから多くの歌を採録しているが、彼らの中には後に有名になった伝承バラッド歌手ジーニー・ロバートソン (Jeannie Robertson, 1908-75)がいる。

コメント   

-1 # コカママ 2016年01月16日 11:32
姉妹の確執は普遍的です。姉は妹 が赤ん坊の頃、哺乳瓶が羨ましか った。彼女が飲む頃になると先に とりあげ、隠れてゴクゴク飲んだ 。姉は夕方になると、忙しい母に かわって掃き掃除を命じられた。 何もしなくていい妹が憎らしかっ た。姉は小学校の遠足で家族みん なのお土産を買って帰った。あり がとうと言ってもらいたかった。 妹は自分のものしか買ってこなか ったが、ちゃんとみんなから「お 帰り。楽しかった...
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-1 # 山崎遼 2016年01月16日 11:34
卒業論文執筆のため、"The Twa Sisters"を読み込んでい ます。チャイルドの本には、実に 20以上のバージョンが収められ ていますが、中には妹がそのまま 幽霊になってしまう版もあります ね。衝撃の展開で驚きました。幽 霊が事件の真相を明かすのは、 "The Bramble Briar"などにも共通します ね(こちらは 、幽霊が夢に現れるのも興味深い と思います...
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0 # やまなか・みつよし 2016年01月16日 11:35
卒論でバラッドをなさっているの ですね。知りませんでした。どの ようなテーマですか?いつか是非 、その内容を協会の「研究ノート 」にご寄稿下さい。
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0 # 山崎 2016年01月16日 11:37
お返事に気づかず遅くなってしま いました。申し訳ないです。マー ダーバラッドに焦点を当てて 、殺人や自殺から何が読み取れる かを論じる予定です。序論の提出 期限が今月末なので焦っておりま す。夏休みなど、時間が取れると 思いますので、一学部生の稚拙な 考察ですが、研究ノートにも挑戦 したいです。またよろしくお願い 致します。
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