第10話 羊になった手抜き女房!?
『羊の毛皮にくるまれた女房』("The Wife Wrapt in Wether’s Skin", Child 277A)

 

家事をしたがらない女房が昔からいたということは、なぜか新鮮な驚きである。パンを焼いたり、酒作りなど、手が荒れるから真っ平だと言う。金の指輪が傷むから洗濯なんかとんでもないと言う。指輪をはずせば済むように思われるが、これは要するに、自分の出が良いということ、従って、家事などとんでもないということを主張しているのであろう。これに対して、亭主のロビンが面白い行動をとる。黒い羊の毛皮を女房の背中に掛けて、「お姫様のお肌ではなく/羊の毛皮をムチ打つだけだ/奥方様の背中ではなく/黒い羊の背中をムチ打つだけだ」と言う。今時流行(はやり)の 陰湿なドメスティック・ヴァイオレンスではない。

Child 277A wife wrapt in wether s skin
陣内敦作

この、頓智の効いたお仕置きの効果は抜群である。女房は即刻反省する。「洗濯します 絞ります/金の指輪 も気にしません/パンも焼きます 酒もつくります/肌荒れなんか気にしません」と言う。それでも足りないと言うのであれば、家畜の世話も畑仕事もする、と誠に殊勝である。それでもまだ足りないと言うならば、「お部屋の隅で あなたの靴を磨きます」と言うが、ここまで言うと、いささか嘘っぽくなる。

ところで、この歌は典型的な二行連句からなる「バラッド・スタンザ」 と呼ばれる形式でうたわれているが、一行目の次と二行目の次に「繰り返し句」(=リフレイン)と呼ばれる「ヒイラギ 緑のヒイラギ」、「ロビン様よ 弓を引け」が挿入されている。原文では最初のスタンザだけに表記されていて、以下は省略されているが、訳文では、音読効果を生みだすためにすべてのスタンザに表記されている。リフレインは、うたう場合の音とかリズムの効果が重要であり、意味はまったく無い場合も多いし、あっても二次的である。ここでは、「ヒイラギ 緑のヒイラギ」(‘Hollin, green hollin’)に特別な意味は無さそうである。あるいは、赤い実をつけたクリスマスの飾りとしてのヒイラギの枝葉を想像する人もいるかも知れないが、それは内容とは無関係である。二つ目のリフレインは、亭主の名前が「ロビン」であるから、「ロビン様よ 弓を引け」 (‘Bend your bow, Robin’)には、手抜き女房に逆襲せよ、というメッセージを読み取ることは可能であろう。あるいは、緑色の服を着てシャーウッドの森に住んでいた中世の伝説の義賊ロビン=フッドの活劇に連想をつなぐ人もいるかも知れない。その場合は、途端に、ヒイラギの緑とロビン=フッドの緑の服がつながってくる。今回の「歌の箱」でこれをうたうデイヴィッド・テイラー (David Taylor)氏の歌はチャイルドのC版をベースにしているが、そこでのリフレインは'Nickety nackety noo noo noo'と'Hey willy-wallety boots John Dougall a roo a rushety roo roo roo'である。テイラー氏の調子の良さは抜群で、特に意味を詮索する必要は無いが、個々の単語から類推して意訳してみると、 「トントン ギューギュー キュッキュッキュッ」/「いやだいやだ 田舎っぺ 無骨でむっつり ああ いやだ」というのが、あるところで発表している筆者の試訳である。スコットランドの田舎者で朝から晩まで桶作りをしている男のところに町から上品ぶった女が嫁いできた。片や男の仕事ぶりが、片や女の不満が、軽快な音のリズムに乗って見事に伝わってくる、というわけである。

 ひとくちアカデミック情報バラッド・スタンザ:  伝承バラッドの詩型は、それが民衆の歌であったという特性から、「バラッド・スタンザ」('ballad stanza')と呼ばれる最も単純素朴な形である。基本的には、各スタンザ2行連・弱強4歩格 ('iambic tetrameter')でリフレインが挿入される場合と挿入されない場合、4行連で1行目と3行目が弱強4歩格、2行目と4行目が弱強3歩格 ('iambic trimeter')でa b c bと押韻するタイプの2種類がある。変形として、4歩格のみで、a b a bないしa b c bと押韻する場合もある。

原詩(英詩)の箱


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